真面目に不真面目「ポプテピピック」大川ぶくぶ(原作)/神風動画(制作)/感想

※ネタバレ有り





他の素晴らしい作品を後回しにしてでも真っ先に最終回まで観てしまったポプテピピック。

今見終わったばかりなのに、あっという間に内容が頭から飛んでいってしまうという、一過性コンテンツの面白さをやり抜いたクソアニメだった。





ポプテと言えば無駄にかっこいいOP。そして上坂すみれのMV。やっぱりくせになるサビの部分の振り付け......



基本シュールなパロディでしかないから、元ネタが分からないと本当に真顔になってしまう場面も多く、ネタの捌き方にバリエーションが無かったら正直楽しめなかったのではないかと思う。スロット気分で視聴者に一時停止を押させておみくじを引かせたり、毛糸(?)で編んだ”あみぐるみ”を使ってストップモーションアニメにしてみたり、仮に作ったボブネミミッミの作りが面白いからと本採用したり、果てには実写もガンガン使うなんでも有りの無法地帯だったから、こちらとしてもついつい見ざる得なかった。

1話目から違うアニメが始まってしまうというネタは、他所でも見たことはあるが、男女のCVを入れ替えた再放送を続けて流すなんてことも前代未聞で、そこいら中子供の柔軟な遊び心でいっぱいだった。こういう脈略の無い笑いを考えるの自分も若い頃は得意だったなぁと苦笑い。終わってみれば世界を救ったり困難な恋をしたりする重厚な何かが有るわけでは全く無い、自他ともに認めるクソアニメでしかないが、真面目にクソを遣り抜こうとする神風動画の職人芸のお陰で物造りの面白さだけはどのアニメよりも伝わったかもしれない。製作委員会体制で無いと、ここまで好き勝手にやれてしまうものなのだろうか?自虐プロモーションも含め、アニメの売り方が変わる瞬間を目撃しているのかもしれない。

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俺は何を見てしまったんだ....






その場その場で消化して忘れることが出来る方が、心には優しいと言える。

まあ最後に蒼井翔太が飛んで来るようなアニメを忘れるのは難しいかもしれないけれど......w

幸せになって欲しい人が幸せになってくれる良い映画「シェイプ・オブ・ウォーター」ギレルモ・デル・トロ(監督)/感想

今日が何の日が知らないが、昨夜は今日が紅い日だと思ったお陰で映画館に行く気力が湧いた。

雪解けと一緒に心にも余裕が生まれて来たようだ。




舞台は冷戦。人々はスクリーンの向こうのスターや車に憧れ、宇宙への期待も相俟って革新の日々を謳歌していた時代。主人公は幼い頃から発声に障害を持つ女性イライザ。映画館の上の部屋を借り、優しさのない目覚まし時計で夜中に目覚め、シャワーを浴びながら自分を慰み、ゲイの隣人に食事を用意し、ゆで卵を持ってバスに乗り航空宇宙研究センターの掃除へ行く。

そんな毎日の繰り返しのなか、感じの悪い軍人と共に大きな容器が運び込まれる。どうやら見たこともない生き物が入れられているようだと、興味を抱いたイライザは周囲の目を盗んでは生き物に会いに行き、”彼”との間に確かな信頼関係を築いてゆくのだが、ロシアとの競争の道具としてしか彼を見ていない者達によって甘い時間が奪われそうになり、彼女は大きな決断を下すことになる...





まず最初に「これは本当にギレルモ・デル・トロ映画なのか?」と思った。唯一人間ではない”彼”以外に日常から外れた存在はいないし、悪魔も昆虫も巨大ロボも登場しないのである。それどころか心理描写が詩的ですらあって、まるで一編の美しい寓話を読んでいるかのようだった。いつものB級を期待して観に行ったら大火傷した、なんていうお客さんも居そうな気がする。

今回の作品で初めてアカデミー賞の作品賞に輝いたデルトロ監督は、長年抱いてきた劣等感を隠そうともせず喜んでいた。それもそうだろう、自分の見せたくない(見せにくい)物まで包み隠さず投入して撮った映画なのだ。本作の主要な登場人物達は、軒並み認めてもらいたい相手に存在を認めてもらえない人ばかりで、所詮掃除婦としてしか見てもらえないイライザ達は勿論のこと、精一杯の背伸びが蹴散らされるゲイの隣人や、ある意味被害者でもある軍人の男の報われなさまで含め、デル・トロ監督の気持ちが反映された存在だった。

ただ泣かせようとか、驚かせようとか、そういう理由で撮った作品とは訳が違う。切実な想いをそのまま紡いだ作品なのである。お陰で僕は、けして醜いわけではないが、美人とは言い難いヒロインと、見た目で拒絶されそうな存在との恋を応援したくてたまらない気持ちになっていた。これが美男美女の取り合わせだったら、こんな気持ちにはならなかっただろう。憐れみとか同情というのはけして褒められた感情ではないかもしれないが、自分と同じ、もしくは見た目だけは自分より醜いかもしれない存在が報われる光景こそ、現代人が本当に求めるものなのではないかと思ってしまった。





どうしても僕ら人間は見た目が先になってしまう。本当は凄く気持ちの優しい人だとしても見た目が恐ければ誰も近寄らないし、心が乙女でも見た目が老人のゲイに好意を持たれても拒絶しておしまい。でも、だからこそ、”そんな”存在が報われる絵には価値がある。何より見た目が綺麗な者(物)が中身も綺麗でしたというのは少々飽きた。

人間の男に絶望してる女性達は是が非でも本作を観に行った方が良い。

これぞ本当の美女微女と野獣だ。





posted by lain at 11:49北海道 ☔映画

薬物は清く明るく逞しく「イカロス」Netflix/ドキュメンタリー/感想

またもNetflixで興味深いドキュメンタリー映画を観た。

トップ10には手が届かないものの、アマチュアの割に良い成績である自転車競技選手の男が、ドーピングをしたらどれだけ自分の身体能力が向上するか?という実験をしだすというもので、前代未聞の番組だった。




その男”ブライアン・フォーゲル”は、専門家に協力を仰ぐものの、その人が我が身可愛さに及び腰になり、代わりにと紹介されたロシアの反ドーピング機関の所長である”グレゴリー・ロドチェンコフと実験を進めてゆくことになるのだが、グレゴリーの人となりもあって序盤は明るい犯罪現場のような様相で、とても後ろ暗いことをしてるようには見えはしない。しかし実際に薬物を太ももや臀部に注射して腫れたり出血しているのを見ていると、流石に笑って居られなくなっていった。

練習中のデータだけなら、実験は大成功だった。身体能力は向上し、グレゴリーのおかげで尿検査もパスできた。しかし、成果を確かめるべく出場したレースでフォーゲルは大敗してしまう。メカニカルトラブルが大きな理由だが、それが解消された後も順位を上げられなかったのである。このドキュメンタリーの前半はドーピングしたからといっても惨めな思いからは逃れられないのだという教訓を得て終わる。



レースが無残な結果に終わった後も、二人は実験を続けていたのだが、ロシアの国ぐるみでのドーピング疑惑が持ち上がり、それに関わっていたグレゴリーは生命の危険を感じるようになってアメリカへと逃れ、全てをぶちまけ出す。ロシアの誰が指示し、どうやってドーピングをコントロールし、尿検査を突破したのかまで全てを。

それは信じ難い話だった。もしも真実なら、政府機関そのものがマフィア同然だと思った。多くのマスコミがグレゴリーの望む通りにデータをリークし、信用のおける人物のお墨付きまで彼の証言は貰っているにも関わらず、ロシアは完全否定。ドーピング機関の幹部が2人も不審死している事実から考えても、あの国は芯まで真っ黒だとしか言いようがない。



命の危険を感じ全てをぶちまけたグレゴリーも、ロシアに翻弄された可哀想な男だが、本当に可哀想なのはフェアに戦っているつもりだった一部のロシア選手達だろう。知らぬ間にドーピングに関わっていた選手もいたはずだ。このドキュメンタリーの中で、選手が五輪への出場が認められない状況への憤りを吐露している場面があるのだけれど、その時傍にいて話を聴いているプーチンの表情がなんとも言えなかった。あのバツの悪そうな顔は言いたいけど言えないことがある時の顔である。

彼にも良心というやつがあるのだろう。他国がどうなろうと関係ないが、愛すべき自国の民が自分達のやったことで苦しんでいるのだから、辛くないはずがない。これで少しは懲りて欲しいものだが、これでダメなら更に巧妙なドーピング技術を身につけようとか考えているんでしょうな......

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posted by lain at 07:09北海道 ☔映画