2017年07月11日

堅苦しく書いているけど、要するに爺ちゃんに可愛がって欲しかっただけの俺「アリスと蔵六」今井哲也(原作)/桜美かつし(監督)/高山文彦(シリーズ構成)/J.C.STAFF/感想

僕は”祖父”という物を見たことがない。

1人は僕が物心つく前に亡くなり、また1人は父が子供の頃に祖母とは別の女性と消えた。



こんな風に書くと、下手に同情されることもあるわけだけど、当の本人からすると祖父というのは両親と違い、初めから居ないとなるとそれが当たり前になってしまうし、周囲から悪く言われるようなことも無かったから特に気にしていなかった。自分の親が蒸発した父の方が、よほど傷は深いに違い無い。僕などが被った迷惑は、せいぜいお年玉の額が少なかったことくらいだろう。

ただ、時々、祖父が居たらどうだったのだろう?と考えないでも無い。祖父に対し嫌悪を抱いている父もまた、それほど良い父親とは言えない人で、子供の頃あまり構ってもらった記憶がない。平日は仕事だと言って遅くまで帰って来ないし、日曜はパチンコに入り浸り。家に居ても自分が気が向いた時だけ子供を構うだけ。いつの間にか居ても居なくても構わない、そんな存在になっていた。父の父がまともな人であったなら、父も僕ももう少しマシな人間になっていたのではないかと思ってしまうのだ。



風の噂で不貞を働いた祖父も亡くなったと聞いた。時が経って父に対する蟠りがだいぶ薄らいだように、父も祖父に対する怒りは和らいだかもしれない。血筋のせいにしても仕方ない話だが、血を完全に無視出来るわけもないから困ったものである。

”蔵六”という家族を手にいれた”紗名”を見ていたら、そんな取り留めのないことを考えてしまった。




自分の想像した世界を物理的に具現化出来る少女”紗名”が、自分の力を利用しようとする連中の元から逃げ出し、頑固一徹な”蔵六”と出会って、人として成長してゆく優しい物語だった。

前半はバトル物の様相を呈しているものの、終盤は力を持て余す少女達の心模様をじっくりやっているため、かなり視聴者は振るい落とされたのでは無いかと思った(個人的には最高の幕引きだと感じた)危うい少女達の闇を、あっさり祓う蔵六の深い優しさに、紗名でなくとも泣きそうだった(実際には泣いた)

終盤の仕上がりはシリーズ構成を勤めた高山文彦おじさんの色が強く出ていた。誰も死なない展開なのに、無駄に人が死ぬ作品より空気を重く感じたし、最後に残る切なさの質感も高山さんの匂いがしたように思う。流石は林原めぐみに「仙人」と言わしめた伝説の人である。

コトリンゴのEDも素晴らしい



あまり気にしていないつもりでも、心の何処かでは祖父という存在に興味があるのかもしれない(渋いおじさんや融通の効かない爺いキャラが大好きなのも、その反動か....)僕も蔵六爺さんのような人に生き方を教わりたかった。いじけた根性を叩き直してくれたことだろう。

もう高校生の子供が居てもおかしくない年齢でありながら、何を言っているのだろうと我ながら苦々しく思うけれど、大人だの子供だのという線引きは無益なのだと、人生も折り返し地点に到達する今ならはっきり言える。年老いることで身体や精神は確かに草臥れる。でもただそれだけの話なのだ。年を重ねるだけで偉くなれるというのなら、日本における高齢者の扱いも、もっと素晴らしいものになっているはずである。




完全な人になる必要もないし、大人になる必要もない。

ただ、当たり前のことを大事に出来る人間でありたい。そんな風に思わせてくれる作品だった。

それだけは間違いない。












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posted by lain at 07:22 | 北海道 ☔ | アニメ TVシリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2017年07月10日

戻りたい時代No.1「月がきれい」岸誠二(監督)/柿原優子(シリーズ構成)/feel./感想

このアニメを見ていると、もう25年以上前の自分を思いだす。

好きな子に好きと言えず、女の子の気持ちに上手く気づいてあげられなかった自分を。





ハッキリ言って、本作の主人公のような才能が当時の自分にあったとは思えない。口ばかりでロクに行動に移せないヘタレで、何もかもから逃げていた。正直、小説を書き、お囃子を格好良く決め、結局落ちてはしまうが受験勉強に真剣に打ち込んでいた彼のことを格好良く思う。

ヒロインである陸上部の少女も、彼のそんなひたむきな姿を好きになったのだろう。最終話のラストで彼ら2人の幸せそうな未来のイメージ画像が次々現れた時なんて、本気で祝福したい気持ちになった。自分には出来なかった恋愛を謳歌するキャラを、普通ならここまで応援する気持ちにならないのに、不器用で素朴な2人の喜びと悲しみを12週も見てたら自然と「この2人には幸せになって欲しい」と思えるようになっていた。


今回何より良かったと思うが、2人一緒だからぎこちなく話すのではなく、自分1人でいる時でも独り言セリフを極力使わなかったこと。俺はこう思っているのになんで分からないんだ!という気持ちを表すにしても、直接的なセリフではなく態度や表情、鼻息など、より自然に感じる方法で気持ちを表現していた。だからセリフより彼らの行動に物凄く共感を覚える作品だったと言える。感情が高ぶった時に蛍光灯のスイッチの紐でシャドウボクシングをするシーンもあるが、あれはまさに自分がやっていたことだったから、物凄くあるあると思ってしまったりもした。

もしかしたら、プレスコ(セリフを先に録って音に合わせて絵を作る)で作られたことも大きかったのかもしれない。何も無いところから絵を起こすより、役者の演技を聴いていた方が描く側も気持ちが入るのではなかろうか?声優陣の演技もよりナチュラルな物になっていたし、OP、ED、挿入歌に至るまで担当した東山奈央の楽曲も相当制作陣の切ない気持ちを上げてくれたに違い無い。




本編終了後の生々しい中学生の様子を描いたミニコーナーも実は好きだった。自意識過剰で直ぐ何かあると自分に気があるからだと勝手に思い込んでしまう地味な少女や、ラブホテル代も払えない同級生とズルズル付き合ってしまう子、仕舞いにはクラスの男子生徒が好き過ぎて卒業まで待てない勢いの女教師が独り悶える様子まで、本当にありえそうで可笑しかった。

きっとシリーズ構成が女性であったことが一番大きかったんだろうと思う。男が思い描く女子像と違うリアルさが本作にはあった。特にヒロインが先のことを考えて不安になり、男の子が親友から告白されたことを教えてくれなかったことが引き金となって距離をおいてしまい、男の子は何が悪かったのか分からないまま呆然としてしまう辺りは素晴らしかった。男からしたら気を遣わせたくなくて言わずにいたわけだけど、そういう理屈に当てはまらない女子をちゃんと描けているのが上手いのだ。



常々セリフに頼り動きを疎かにするアニメに違和感を感じていた僕にとって、月がきれいは青天の霹靂だった。後に続く作品がどんどん出てきて欲しい。感情を丁寧に描くためにも言葉だけに頼っていては駄目だ。アニメがアニメらしくあるためにも、動きで表現する大切さを思い出して欲しいなぁ......
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posted by lain at 06:59 | 北海道 ☔ | アニメ TVシリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2017年07月07日

角に小指を打つけた寂しがり屋の神様「正解するカド」村田和也(監督)/野崎まど(シリーズ構成)/東映アニメーション/感想

※ネタバレ有り






大雨のニュースを見ながら、カドと異方存在も天災そのものだったなとぼんやり思った。




いきなりどでかいキューブ状の存在が空港に降って来てジャンボジェット機を飲み込んでしまっただけでも、物凄くポカーンとしてしまうほどの『SF』だったけれど、そこから異方存在と称する”ヤハクィザシュニナ”(いまだに字を見ながらじゃないと正しく発音出来ないこの名前w)が人類に提供してくる高次元の技術の数々の妙な説得力というか、喉から手が出るほど我々人類が欲している便利さだとか、流石は”野崎まど”氏はSF的風呂敷の広げ方がよく分かっている人だよなと思った。


もしも本当に高次元の存在があれらの技術を持ち込んで来たとして、これほど適切に対応出来るのだろうか?と訝しんでしまうほどの政府の動きに関する細やかな描き方も印象的な作品で、そもそも切れ者の政府の交渉官が主人公というのも、アニメ作品にしては珍しい人材配置で新鮮だった(こんなに各キャラの肩書きが長いアニメ見たことがないw)


やはり「シン・ゴジラ」の影響がそこそこあったりするんだろうか?と野暮な詮索までしてしまうほど異方存在に対する日本政府や海外の反応を中心としたドラマの見せ方だったわけだけど、個人的に凄く好きだったのは、何処にも負けない技術を持っているが新時代に乗り遅れている町工場の人たちが、ザシュニナに一泡吹かせてやろうとする真道の気持ちに応え良い仕事っぷりを見せるところなどがとても良かった。こういう一般人まで巻き込んだ総力戦みたいのは実に燃える。人間様の頭では想像すら難しいほどの先端をゆく存在に、まさか町工場が挑戦するとか熱いじゃないか。





結局最後は人間を好きになってしまったもう1人の異方存在の協力でザシュニナの暴走を止める幕引きとなったが、終わってみればSFがBLになっていたりもして、なんとも悩ましい作品だった。異方存在はあまりに情報処理が早すぎる存在のため、とにかく新しい情報に飢えていたというのもあるだろうけれど、第一の理解者である真道への執着がどんどんエスカレートして行くザシュニナの様子はどう見てもノンケのそれではなかった。初めは能面のような顔だったのが、最後には愛憎に歪み、女との幸せを選んだ姿を見せつけた真道に怒り心頭で荒れ狂うところなど完全に色恋の修羅場だった。


ザシュニナの最後の姿の儚い感じも実に胸を抉るものがあって、彼が自分の思い通りにならない真道の代わりに複製の真道を作って自分の相手をさせていた時の寂しげな様子なんかには、大勢がバブみを刺激されたことだろう。なんとも壮大で滑稽な異文化コミュニケーションだったものだ(褒め言葉)

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初めて手にした友人との距離感を測り損なったザシュニナは、まさに"途中"であった....


終盤は意外と派手なアクションシーンもあったものの、全体として優しい物語だったと思う。ありがちな侵略物であれば血みどろな内容になってもおかしくはない。よくグッズ展開も期待出来ない作品にこれほどの裁量を託したものだと感心する。こんなアニメを作ってくれた東映とスポンサーとスタッフ一同の選択にこそ『正解!』と言いたい気分でいっぱいだ。







正解するカド KADO: The Right Answer


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posted by lain at 07:07 | 北海道 ☔ | アニメ TVシリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする