2017年05月22日

我が青春のOVA1987 #3「妖刀伝」

手描きの時代に無理が来て、今や3DCGを活かそうという動きが収まりそうに無い昨今、手描きならではの味わいが減って行くのは嫌だと言う人でも、一昔前とでは比べ物にならないくらい豊かな表現力を手にした今の3DCGアニメを無視することなどまず出来ないことだろう。僕も類に漏れず、それはそれ、これはこれ、と分けて考えられるほど3DCGに心を許し始めている。


だから30年前の妖刀伝を今観る事に"郷愁"以外の意味などあるのだろうか?と内心思わなくもなかった。思い出補正の残酷さを、ここ10数年の間にほとほと経験して来たこともあって、どんなに当時好きだった物でも素直に振り返ることが出来ない体になってしまったからだ。しかし妖刀伝は観始めると刻の流れも何処へやらで普通に楽しめてしまった。それこそ10年以上ぶりに観たせいもあるのだろう新鮮で仕方なかった。今の自分だからこそというのもあるに違いない。



バンダイチャンネル『劇場版 戦国奇譚妖刀伝』http://www.b-ch.com/ttl/index.php?ttl_c=2911

※正規のルートでの動画配信は劇場版のみ




里を滅ぼされた2人の忍が出会い、残されたもう一つの忍の里へ落ち延びるも、織田信長の裏の顔である朧衆の襲撃を受けその村も壊滅。どうやら各村に伝わる刀にとてつもない力があるようだぞというところで第1巻が終わるのだが、まるでお手本のような作りが清々しいほど懐かしくも新しかった。今時「彼奴(きゃつ)」とか「ならぬ!」というセリフが飛び出す作品なんて滅多に無いし、ロリではない美少女や、チャラくない美形を拝める点も新鮮だ。


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女であることを隠しているつもりの綾之介だが....


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こんな美脚が男で通るかw


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今時草を噛んで登場するハンサムはまずいないw


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絵に描いたような悪役ありがとう"○┓ペコリ



同年にダンガイオーの作画監督も務めている大貫健一氏のキャラクターは麗しい人も、そうでない人も、どこか味がある。井上和彦、矢尾一樹、若本規夫、小林清志、etc.....の声がこの絵に乗るのは反則だろう。まだアンパンマンになっていない戸田恵子の声の初々しさもたまらないものがあった。どうして現代は幼く見えるキャラばかりにアニメの世界はなってしまったのだろう?成熟した女性の色香に興味が無いのだろうか?非常に謎である......


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キャラクターが年相応の見た目で描かれる作品は落ち着く





大事な物を失った者達が、強い意思の力で悪を断つ妖刀伝の王道なファンタジー時代劇は、その後の「鎧伝サムライトルーパー」や「THE 八犬伝」のような作品の誕生にも少なからず影響したのでは無いかと思う。今年の頭に放送された「鬼平」も面白かったが、忘れた頃に時代劇は見たくなるものだ。


あまり売上の面で寄与しない中年が言っても栓なきことだが、大人による大人の為のアニメがもっと欲しい。若者向けのアニメを年寄りが一緒になって楽しむのも悪く無いが、心から望んでいる物が、過去にしかないようになってしまうのは実に寂しい。


それが幸か不幸かは別の話ではあるけれど......








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我が青春のOVA1987 #2「笑う標的」高橋留美子(原作)/高橋資祐(監督)/スタジオぴえろ

タグ:大貫健一
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2017年05月21日

俺は、ネット端末遺伝子を見つけた気がする「BLAME!」弐瓶勉(原作)/瀬下寛之(監督)/ポリゴン・ピクチュアズ(制作)/感想

一般的な反応として、2次元好きは整った絵を是とする傾向にある。

没個性ではあっても安定した女の子を提供してくれる絵師が大人気だったり、無料配布されている原作漫画を、別の漫画家がより綺麗に作画し直した作品が大ヒットしたりもする。まるで整形美人を愛でるような所業であることに、どれだけの人が気づいているのだろうか?....




斯く言う僕も場合によっては不安定な作品を敬遠して生きて来た。黒田硫黄の漫画が凄いと一部で人気になろうとも、初見では好きにならなかったし、他の追随を許さないようなインパクトのグラップラー刃牙は未だに生理的に受け付けない。のちにどハマリしたファイブスター物語でさえ、一度はこの絵は駄目だと思ったものだった。”人間は見た目じゃ無い”なんてことはありえない。何せ中身を知るより見た目で判断した方が断然楽なのだから....


BLAME!も見た目でまず避けられる作品だった。能面のように表情の乏しい主人公。どう場面が転換したのか分かり難いコマ割りや構図。説明セリフが少ないが故の置いてきぼり感。どれをとっても連載当初のBLAME!は読み易い漫画では決してなかった。

ただ、鬱蒼とした構造物の生み出す圧倒的な孤独や、人ならざる者達の驚異的な存在感のおかげでそれらの弱点など直ぐに気にならなくなった。少女漫画もそうだが、それぞれの漫画の文法が理解出来るようになると、その世界感が普通に居心地の良い物へと変貌するのである。




少なからず読者に努力を強いる作品ではあったかもしれない。おそらく弐瓶勉氏が一番それを理解していることだろう。今回の劇場版についても戸惑いがあったと聞いた。しかし今回は氏の努力の結果、劇場アニメになると知った時の喜びを遥かに凌駕する喜びが僕の全身を貫いていた。




BLAME!のようなカルトな人気を博した作品は、得てして『イメージと違う』と、言われてしまいがちだが、作者自らの総監修により紛れもないBLAME!になっていて、空も大地も見えない構造物の混沌ぷりや無感情に人を狩るセーフガードの恐ろしさの中を探索する空気が凄くよく表現されているなと感じた。エンターテイメント性を持たせた映像化により、具体性が増して原作の味わいが損なわれている面も、もしかするとあるかもしれないけれど、それを上回る魅力をもって世界観が底上げされているから満足度はすこぶる高かった。

磨きのかかったトゥーンレンダリングな作画は当然素晴らしかったし、まず音ありきなのでは無いか?と思ってしまうほど、物体の質量や熱の有無、更には空間の奥行きまで豊かに語っている音作りが凄かった。残念ながら地元の映画館では上映しなかったため、自宅でNetflixにて鑑賞(劇場公開と同時にNetflix独占で配信)したわけだけど、これは断然音響の良い環境で観てこそ真価が分かる映画に仕上がっているなと貧弱なスピーカーでも伝わるものがあった。

「人間だ」と口にするのがこれほど似つかわしくない男霧亥の雰囲気作りが上手くいっていたのも素晴らしく、こんなに喋らない櫻井孝宏は初めてなのでは?と思った。霧亥に雑な扱いを受けるシボの捉え所の無い自由さや、分かり易いヒロインであるづるの可愛らしさは勿論のこと、珍しくチャラくない宮野演じる捨造の婆ちゃん子なところが微笑ましかったり、キャラの面でも格段にバランスが取れていた。

やはり弐瓶勉さんの世界観は日本の3DCGの質感がしっくり来る。ディズニーのでは駄目だろう。海の向こうの真似をするより、こちらのテイストを極めていった方が日本のアニメの将来は明るいのかもしれないとつくづく思った。






今でこそシドニアの成功で一般人にも振り向かれる漫画家になった弐瓶勉氏だが、BLAME!が無ければまず間違いなく今の氏は無かった。これを機会に若い子にはBLAME!に触れて欲しいし、もしよければ原作漫画も最初の方は辛抱して読んでいただきたい。必ず癖になること請け合いだ。


さんざんっぱら拙い文章を書いて来たけれど、理屈など置いておいて普通にBLAME!をまず楽しんで欲しいものだ。馬鹿でかい建設者、わらわらと湧いて来る駆除系、狡猾で美しい上位セーフガード、無機質への愛情がこれほど掻き立てられる作品はなかなか無い。ボークス辺りがBLAME!のキャラのドールとか出してくれたら即買いするだろうなぁ僕は......




にしてもありがとうNetflix。これからもお世話になります....













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2017年05月19日

自分に自信がある人ほど"彼女"に打ち砕かれる物の大きさも一入だろう.....「エクス・マキナ」アレックス・ガーランド(監督)/感想

一昔前ならいつか達成されるであろう”夢”の一つでしかなかったAI技術。

でも今では、ふと手を止めて周囲を見回すと、既に自分はAIに取り囲まれ徹底的に情報収集されていることが分かって来る。生活家電、ゲーム、グーグル、etc.....機能はまだ限定的ではあるものの、痒い所に手が届く便利な物に今やAIは欠かせないパーツになっており最早AIは夢でもなんでも無い。

何万年経とうと未成熟な生き物である僕ら人間が、AIとどう向き合って行けば良いのか真剣に向き合う時代が目の前までやって来ているのかもしれない。




◯oogleのような大手検索エンジンを運営している会社で働く優秀なプログラマーが、社内の抽選で社長の別荘に招待されることとなり、スマホの電波も入らずヘリで訪れるしかないような山岳地帯までやって来るのだけど、単純に社長の豪邸を堪能出来るわけではなく、他言無用なAI開発の最終的な試験の手伝いをさせられることになるのが.....という話なのだけど、そりゃ〜ただで転ぶはずが無い。

AIとの会話を通じ知性の有無を判断するチューリング・テストをすることになった主人公は、あまりに人間的な彼女<AI>にどんどん惹かれてゆき、彼女の生みの親である社長への不信感も相俟って、とんでもない事をしでかそうとするも、実はそれすらこういうことだったのだと収束して行くのがなんとも言えず、穿った見方をすれば古き時代の考え方である男尊女卑に縛られていた女性の再出発話にも見えなくもないため、男としては弱い所をグサリとやられた気分になった....


そんな軟弱なプライドは置いておくとして、見た目でそれと分かるAIエヴァのデザインが上手い(エヴァ役の”アリシア・ヴィキャンデル”の仕草や表情も込みで素晴らしい)と感じたし、男2人のAI論も普通に面白いと思わされた。次のモデルが出来れば今の記憶が無くなってしまうエヴァに同情する主人公へ、いつかAIは人間を原始人扱いするだろうから彼女を憐れむ自分を憐れめと苦言を呈す社長という対比が後々非常に糸を引く。

ちょっとしたサスペンス物を見ていたつもりが、全てが終わった頃には、まるで神話の誕生に立ち会っていたかのような感覚になる映画だった。







いつか本当に人と判別出来ないAIが生まれることは間違いない。その瞬間が訪れた時、果たして僕らの倫理観は、どの方向を向いていて、AIは僕らをどう受け入れてくれるのだろう?


エヴァを見ていると、人とAIとで迎える未来が怖くて仕方ない………





エクス・マキナ公式ウェブサイト
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