覗く人と覗く人を覗く人。更にそれを覗く僕達は一体?....「危険なプロット(Dans la maison :原題)」フランソワ・オゾン(監督)

 国語の教師”ジェルマン”は、新学期早々子供達の出来の悪い作文に憤慨していた。

 週末の出来事を書けと宿題を出したら、二日間をたった2行で書いてみたり、まるで文学の欠片も感じない嘆かわしい痴態を吐露しているだけの文章ばかりだったからだ。


 しかし、そんな粗雑な紙切れの中に、およそ16歳の作品と思えないよう読み手を引き込む作文を書いた生徒が一人だけいた。

 普通を絵に書いたような同級生”ラファ・アルトール”の「普通の家族」のあり方に興味を持ったその生徒”クロード・ガルシア”は、ラファに数学を教えることを理由に、家族の懐に入り込むことに成功すると

 妻が何を欲しがっているか?

 夫の仕事は上手くいっているのか?

 父と子はどんなことに熱くなるのか?


 クロードはこと細かにアルトール家の主義嗜好を分析し、彼等の様子と、それをを盗み見た自分の週末を作文へと起こしたのだ。




  子供達の独創性や好奇心の在り方に不満を持っていたジェルマンは、クロードが書いた写実というには文学的である文章に惹かれ、最後に記された「続く」の文字によりすっかり虜になってしまい、国語教師としての指導を大きく逸脱して積極的にクロードの作品の質を向上すべく協力し始める。アルトール家への介入がエスカレートしてゆくのを見逃し、ラファの数学のテストの点が悪いと彼の家へ入り込めず作文は書けないとクロードが言えば、数学の答案を盗み出すことまでする始末。

 ジェルマンの勢いに乗せられ徐々に脚色なのか真実なのか分からない描写をしたためだすクロード。現実がクロードに書かせているのか、クロードが書いたことが現実になっているのか、どんどん判別出来なくなってゆく感じが良い匙加減でワクワクドキドキさせられる。 おかげでどう考えてもハッピーエンドはありえない様相を呈してゆくことになるけれど、ジェルマンが画廊を営む妻とクロードの作文についてあーでもないこーでもないとフランス人らしく楽しむインターバルが挿入されているから、深刻過ぎる雰囲気にならないのが絶妙。 妻の画廊で扱っている芸術作品の奇抜さや、ジェルマンが妻の論評をそのまま自分の意見としてクロードに指導している姿も滑稽で笑えてしまうw




 好奇心を刺激する覗きに魅せられた生徒と教師が迎える皮肉な結末からは、物語を練る者と、それを鑑賞する者とが抱えるジレンマを強く感じた。戦争の映画を撮っても、実際に砲弾が行き交う戦場を経験したことにはならないし、美男美女の熱い恋愛模様を観たからといって自分が大恋愛をしたわけでもない。 ただひたすら自分には叶えられない願望を頭の中で想像しているに過ぎなくても、ついつい嘘に夢中になってしまう自分達を、実にフランスらしい皮肉なユーモアで表現出来ていた気がする。


 穿った見方をすると、クロードがジェルマンに惹かれて彼を自分だけの物にしようと画策した結果だと受け取ることも出来るでしょうが、物悲しくも暖かい二人の絆が凄く伝わる良い幕引きだったと思います。

 ジェルマン役のファブリス・ルキーニの変わり者風情も良かったし、なにより16歳のクロードにちゃんと見える美男子エルンスト・ウンハウワーが素晴らしい。演技はそこそこぐらいだが、セクシャルなシーンもあるから彼のような役者の存在は実に大きかったことでしょう。


 「ぼくを葬る」とはまた違うフランソワ・オゾン監督の凄みを覗き見た気分でいっぱいになれる贅沢な映画でした。






フランソワ・オゾン、“目力”で抜てきした美少年エルンストと語る ...

 公式ウェブサイト




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 『どんな人にも訪れる。死はいつも僕らの側に...「ぼくを葬る /フランソワ・オゾン(監督)/ 2005年 / フランス/映画 」


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