これは紛れもなく十二国記だった「十二国記 白銀の墟 玄の月」小野不由美(著)/新潮社/感想

私が十二国記に出会ったのは高校生の頃。所謂学校でやらされる”勉強”がまるで好きでは無かった私は、当然高校も都合の良いところは選べず、バスと汽車を乗り継いで遠くの学校へ通う羽目になったが、そのお陰で街中に出来たばかりの大型書店に寄り道し放題であった。あの時代は一般向けの電子書籍など皆無であったし、本当に多くの人達が書店に群がっていたものである。

腐れ脳が順調に育ち始めていた当時、ハマっていたのは江ノ本瞳さんの「三色董的少年達(シシー・ボーイズ)」と、分厚い愛蔵版が出たばかりだった那州雪絵さんの「ここはグリーン・ウッド」。自分で言うのもあれだが、20年以上前の日本では希少価値の男子高校生であったのは間違いない。ぶっちゃけ自分がこんなで無かったら、講談社のX文庫ホワイトハートに手を出すことは無かったと思われる。

だいぶ記憶が曖昧なため、山田章博さんを先に好きになって気になり十二国記に手を出したのか、十二国記を先に気に入り山田章博さんを好きになったのか思い出せないものの、男でありながらホワイトハートを手に取りレジへ持ち込む気分は、エロ本を買う以上にドキドキした記憶だけは確かだ。試しに月の影影の海の上下巻を買い半信半疑で読み出したら、まるでホワイトハート作品とは思えない世界観の重厚さと心理描写にハマり、小遣いを貰うたび続きをレジへ持ち込んだものだった。



あれから25年近く経つ。本を読むペースも落ち、漫画ですら手に取らなくなってきた。映画館に行ったのはいつのことだったか?そんなふうに創作物を咀嚼する力が落ちているのを体感してばかりだった所に投下された十二国記の新刊。しかも救われそうでなかなか救われない国である”戴”の物語がようやく動き出したのだから本当に嬉しかった。数年前に全て読み直していたにも関わらず、メインのキャラ以外誰が誰やら分からなくなっていたり、少々世界観の説明場面で間延びしていることや、同じ意味合いのセリフを連投するなどしていることが時折気になった以外は夢中で読めた。やっとまとまりかかった国を乱す簒奪者の凶行により王の行方が分からなくなった者達が、国の現状を目の当たりにしつつ各々が自分に出来ることをやり、沢山の希望と絶望を繰り返す様はなんとも言えず、残酷な天(作者)の威光で簒奪者ですら哀れに感じてしまう内容の数々に、これは確かに十二国記だなと感じられた。

もしもこれで十二国記が完結と言われても、個人的には受け入れてしまうかもしれない。それくらいの幕引きだった。大勢が決した後に興味がある人達は駆け足で端折られたと感じていたりもするようだが、最後に普通の人達の姿で締めるのは美しかったと思う。李斎達の物語は幡が集うシーンが最高潮だったのだから.....





これで終わりになっても、そう書きはしたが、勿論まだまだ十二国記の世界を見たい。まだ一切描かれていない”舜”国だけでもなんとかお願いします。この通りです小野不由美さんo┐ペコリ 

欲を言えば十二国記のアニメをまたやって欲しいのもある。N◯K版でも良いが、新規で山田章博さんの絵そのものでやるようなシリーズを今回の戴の物語までやってくれたなら、もう人生に悔いはないくらいの喜びでもって迎え入れたい。





にしても、4冊ほぼ同時刊行などされたら、次はいつになるのか怖くて仕方ないなぁ........







関連過去記事
posted by lain at 17:11北海道 ☔小説

実は新手のハーレム物だったのでは!?「人間のように泣いたのか? Did She Cry Humanly?」森博嗣/講談社/感想

10連休とはいかなかったが、6日間連続で休めば十分身体は鈍るもので、休み明け初日は全く言うことを聞かなかった。そもそも言うことを聞かせる気に心はなっていなかったわけだが.....



心と身体は切っても切れない、なんて偉そうに並べ立てるのも気がひけるけれど、確かに心と身体の境目なんて本人には分からないし、自分が動かしているという証拠を示せと言われても、体が勝手に僕が動かしていると誤認するよう”フリ”をしているだけかもしれないからなんともいえない。何かしらの機器を身体に取り付け電気信号を測定する以外に自らの意思で身体を動かしているのだと説明すら出来ず、しかも”そんなもの”があっても本人が実感できなければなんの意味もない。

要するに何が言いたいのかというと、心だけでも身体だけでも僕らが人間である証拠にはならないということ。そしてその両方が揃っていても人間かどうかは分からないという世界がこの先待っているかもしれない。





森博嗣さんの「すべてがFになる」から連なる一連のサーガにおける、もっとも未来を描いてきた”百年シリーズ”との親和性があったWシリーズ。これまでのどの作品よりもSFをやっているものだから、こんな新規開拓が出来るうちは作家引退など先のことになりそうだと胸を撫で下ろしたのが正直なところだった。最終巻である本書では主人公であるハギリが本人の望むと望まざるとに関わらず、AIの一勢力(本作内では複数のAIが勢力争いをしており、属する国家を越えて共闘したり反目したり中立を選んだりしている)から脅威判定を受け排除されそうになるというもので、区切りを付ける一冊としてはかなり派手な展開が待ち受けていた。ストーリー全体を見れば酷く古典的なものなのかもしれないが、別人が同じ内容を書いても、この味わいには絶対にならないだろう。なんというか、良い意味で呑気な印象を受ける主人公像が森博嗣ワールドの魅力をいつも支えているような気がしてならない。




真賀田四季という天才がシリーズ同士を繋ぐことが多い森博嗣作品なので「じゃあ過去作品に明るくないと楽しめない のか?」という点に関してもWシリーズはNoと言える作品だったと思う。AIと人そして人口細胞から作られた存在の中で、生き残っていくのが人間である必要性への純然たる疑問こそが見所である限り、それらは予備知識など一切関係なく単独で堪能出来る。無論今まで様々な形で投げかけられてきたものを知っていると、違う何かがこみ上げてくるのはあるだろう。

いっそのことシリーズを何処から読んでも楽しめそうな気すらするが、ついでに言ってしまうとラノベのハーレム物のように楽しむことすら可能である。実際僕は最後も頬が緩みっ放しで読んでいた。機械的でありながら空気を読むことすら出来るトランスファーや、人間と見紛うレベルのロボットの姿を借りて現れるAI等に人間性を感じて心を奪われたり、人造人間同然のウォーカロンの不遇に胸を揺さぶられつつも、ウォーカロンの如く笑わない正真正銘の人間の女性に惹かれていく主人公など羨ましいとしか思えない。時折ご褒美のように真賀田四季が彼の前に現れるのも含め、こんな贅沢で品の良いハーレム物など滅多にお目にかかれないはずだ。

童貞で大した恋愛経験もない40男が本作を愛の観点から語るなど烏滸がましいにも程があるが、自分が誰かを愛する前提が何処にあるのかを考えさせられるような側面もあったのは確かなことだった。恋愛脳で読めば読むほど、未来の愛の形を真っ先に受け入れる土壌を持つのは2次元を愛するオタク達だろうという確信も深まる。


本シリーズはWがWWとなって新シーズンが始まる様子。技術の進歩と共に衰退する人類とハギリ先生の愛の行方はどうなっていくのか実に楽しみでしかない。
posted by lain at 07:19北海道 ☔小説

本当に”ありがとう”と”お疲れ様”しかない浮かばない....「天冥の標X 青葉よ、豊かなれ PART3(完)」小川一水/早川書房/感想

二度に分けての島出張がとうとう終わりを迎えた。合わせて1ヶ月近く行っていたことになる。10数年ぶりの長期外泊だった。

山と海を一望出来る風景は綺麗だし、宿のご飯は海沿いならではの充実っぷりだし、観光気分なところもあったものの、やはり慣れない部屋で慣れない布団に収まり、同僚達との生活習慣の合わなさにヤキモキしているとストレスがどんどん溜まってかなり疲れた。

人間はやっぱり自分が住処と認めた場所でしか生きられないのだなと思った。縄張りが必要とか、ちゃんと動物だよ人間も....



そんなこんなで、自分もそこそこ苦労してきたわけだが、この度無事完結を迎えた「天冥の標」の作者”小川一水”さんは、その比ではないほど、ここ数年苦労していたのかもしれない。

66CB2233-0676-4A34-AA5C-8E6BBFE798D4.jpg





植民星メニー・メニー・シープに突如現れた褐色の怪物と広まり続ける感染症、圧政者とそれに反抗する者達、ようやく真実に辿り着くと、そこには絶望しかなかったという1巻から、毎巻ありとあらゆるジャンルで読者を楽しませてくれた天冥の標だが、各巻のテーマ(パンデミック、宇宙海賊、官能、農業、etc..)を取り扱うに際し、小川さんは相当勉強なされたのではないかと改めて思った。好きだから嬉々としてやれた瞬間もあるやもしれないが、そんな生易しいレベルの勉強で済ませていて書けるような作品では絶対にない。嘘を織り交ぜ格好の良いハッタリをかますにしても、本当のことを知らなければ嘘もつけないのだから。

最終巻である10巻の三冊にしても、ここに来て膨大な新要素(複数の異星人の生態)を放り込みつつ、これまでの10年のこと(シリーズは今年で10周年)を回収しなければならないという、素人考えでも気が狂いそうなことをやってのけるのはしんどいことだったはずだ。途中もう書きたくないと思う時があったというのも当然だろう。作品作りというのは本当に面白い。作者が動かしているはずが、必ずしもそうはならなくなっていくのだから。書き手と読み手の想いと、書かれた者達の想いが合わさって初めて物語は紡がれて行くのである。特に長く続く作品は。





終盤少し雑に感じたり、淡白に思えるところがあったけれども、そんなことでこれまで積み上げてきた物が崩れ去ることなど一切なかった。ヒトとヒトでない者達の連綿と続く物語に立ち会えたことは本当に嬉しいの一言。ミニマム(被展開体)からマキシマム(超新星爆発)まで、余すことなく楽しめました。愛しいヒト達のことを、しみじみと思い返している自分がいます。

またいつかアクリラに会いたいけれど、これから大変な小川一水さんに無理は言えない。あまりSF色を感じない作品でも書いて気分転換して貰いたいものだ。

長い間お疲れさまでした.....




天冥の標X 青葉よ、豊かなれ PART3 (ハヤカワ文庫JA)
天冥の標X 青葉よ、豊かなれ PART3 (ハヤカワ文庫JA)
posted by lain at 07:15北海道 ☔小説