2017年09月02日

消せない消えない消したくない「野火」大岡昇平/感想

農業が盛んな地域に住んでいれば、普通に見かける野火。畑や田んぼの周囲の草刈り後にそれを焼く行為なのだけど、本作の主人公である田村には、それが何かの象徴であるとか、自分の気持ちの表れに思えてならないようだった。




大平洋戦争末期のレイテ島にて、まともな補給も指示もなく瓦解していく日本軍の1人である田村が、戦地で肺を患いあちこちたらい回しにされた挙句、島を放浪し様々な出来事に見舞われて、言葉にするのも躊躇われる経験を経て心に深い傷を負うことになる物語なのだけど、何処をどう読んでも実体験にしか思えないようなリアリティを大岡さんの文章から感じ密度の濃いため息ばかり出てしまった。

”市川崑”監督や”塚本晋也”監督の映画版を観た後での原作だから、どう感じるか少々不安だったものの、両映画とも違う風景が原作にはあるような気がして、読んで良かったなと思った。あと、塚本晋也版が意外に原作をちゃんと踏襲していたことが分かったのも驚きだった。映画版の意味深な田村の行動の理由にも凄く合点がいった。映画を見たあとに原作を読んで、映画で描けなかったことをチェックするような経験は何度もあったけれど、それとは少し違う関係性が塚本版と原作の間にはあったのかもしれない。改めて良い映画化だったのだなと思った。



人は何故”野”を焼くのか?

ここに己が居ると証明したいのか?

時代錯誤とも思えるような、ミサイルによる力の誇示を行う北朝鮮も、いずれその無駄にでかい鉄の塊で他国の土地を焼くのだろうか?



日本と日本に戦争という二文字で関わらざるえなかった国々にとって、大きな意味合いを持つ8月は終わったが、今もなお戦争の只中にある国は沢山ある。

世界中が...とは口が裂けても言わない。せめて日本だけでも野に立ち昇る煙が、平穏を告げる狼煙であり続けたいものだ。









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2017年02月09日

うつのみこ日誌 拾

いつの間にか、読んでいるこちらまで物語の中の連中と一緒に修行させられていることに気付き、少々鬱陶しいなぁと思うようになってしまった宇宙皇子。しかしあと19冊で本編が終わると思えば、少々の苦痛もなんてことはないのかもしれない。

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今度の舞台は地獄。生前の行いが悪い奴には、死んだあとも罰を与えてやるから覚えておけ!....という脅し文句が犯罪を抑制すると考えた昔の偉い人が作った、ドM狂喜のテーマパークだ。


殺人や無闇な殺生を行なった者達が延々と殺し合いをさせられるアトラクションを楽しんだり、小腹が空いたら仏教の教えを損なう考えを広めた連中の鉄板焼きで舌鼓を打って、ちょっと食べ過ぎたなぁ〜なんていう呑気なあなたには、舌を抜いたり肛門に鉄を流し込むリラクゼーション施設がオススメです!是非とも無限の苦痛をお楽しみ下さい(はぁと)


という場所だそうな。仏教徒じゃないから僕は行けそうにない残念(棒読み)



そんな1巻目は、小角先生にいきなり地獄を巡って来いと言われ、右往左往する皇子達が、まるで天国のような住み心地の場所(地獄なのに)に辿り着き、そこで49日の猶予を与えられて過ごしている亡者供のグータラさに呆れ果て、またもお節介をするという展開だったのですが、この亡者供がどうしても他人に思えず、なんとも言えない気分になりました。

夢も希望も無い、暇潰しだけが人生だと言わんばかりの生活を送っている者としては、どうせ地獄へ落とされるなら、今だけでも怠惰な生活を送りたいという亡者達の気持ちがよく分かる。勿論、だからと言って何一つやらずに生きて行けるものでも無いですし、仕事だってやるからには自分なりの誇りを持ってやってはいますが、「どうせいつの日か死んでしまうのに何の意味があるのか?」という気持ちは拭い去れない自分がいます。


もしも何不自由なく過ごせる環境があったなら、僕も亡者たちと同じように、死ぬまで勤勉たれと教える皇子を拒絶したことでしょう。

良くも悪くもバブル期前後を生き抜いた方の清廉潔白な気合論だなぁと思いました。実際には皇子や各務のような、自らも身体を張って寄り添ってくれるような存在は現実にまずいません。正論だけで生きられるなら苦労はしないのです....

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意外にサービスしてる気がする挿絵達




「地獄」

そこは死んでから逝く場所だと言うけれど、そこそこ長く生きていたら、この世にも地獄と変わらない瞬間がいくらでもあります。なのに死んでまで地獄を堪能しろだなんて、仏教もなかなかに世知辛いものだと思いました









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うつのみこ日誌 九

タグ:藤川桂介
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2017年01月07日

もう"新海誠って誰?"とは言われなくなった。でもその代償は?...「君の名は。」新海誠(著)/角川書店

kindleで小説を読んだのは久方振りだった。やっぱりなんだか味気ない。


漫画の電子版と異なり、小説の電子書籍化はKindle用に書式を整えるため変換されているように思うのだけど、実際紙媒体との違い(字間・行間とかフォントの味わい)はどれくらいの物なのだろう? もしも大差無いであれば、新海誠は小説家としてまだまだなのかもしれない。場面転換の仕方や瀧くんと三葉のモノローグが交互に入るシーンなどの文字表現が、映画を見た後の人ならすんなり理解出来るものの、小説から入った人ならピンと来ないのでは無いかと感じた。劇場で刺さったシーンを思い出し、しんみりしたり笑ったりするには凄く良い本。でも単体の作品としては物足りない。まるで絵の無いフィルムブックみたいな手応えの本だった。


あとやっぱり、二人は最後すれ違いで終わって欲しかった。そうすれば僕は映画館で号泣していたと思う。叶う想いより叶わない想いの方が重く感じるのだ。あの最後の盛り上げどころが大いなる蛇足に感じた人も少なからず居るのでは無いかと思う。未だにナウシカを生き返らせたラストシーンが正解だったのかどうか脳裏をよぎることがある宮崎駿のように、新海誠もここで終わらせておけば良かったかな?と思う日が来るのだろうか?





ユーリ!!! on ICEの仕上がりについ注文を付けたくなったのと同じで、良い作品だからこそ些細な点が心に引っかかってしまうのは僕の悪い癖だ。君の名はの制作において、沢山の出逢いを果たし変わってしまった新海誠。これからも面白い映画は撮るのは間違いないが、もうあの頃の掛け替えのない手触りは彼から産まれないんだろうな、と思うとどうしても小言が溢れてしまう。ここまで世間一般に受けた1番の理由は川村元気さんなんでしょう。同時に新海を普通の監督にしてしまったのも川村元気さんだ。


無論これは良い悪いの話では無い。どんな作り手も同じ物を同じように作るなんて楽しいわけもなく、変わろう、変わりたい、認められたい、認めさせたい、もっと上手くなりたい、もっともっと上手くなりたい、そう考えるうちに作る物の姿も変化するのが普通なのだ。ただ昔の彼を好きだった人はそりゃ寂しい気持ちが芽生える。それも避けられない話。自分の感情さえままならないのが人間なのだから、人様の感情に口を出しするなんて愚の骨頂でしか無いのに、それでも恨み言を言いたくなる自分の狭量な心にも寂しさを覚える。



 しっかり名前を覚えて貰った今こそ、もっと個人的な味わいを出した作品で勝負しても大丈夫な気がするが、もう周囲がそれを許さないでしょうね.....変なプレッシャーの前に壊れて欲しく無い男です新海誠。










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タグ:新海誠
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posted by lain at 07:34 | 北海道 ☔ | 小説 全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする