2017年03月04日

世界の片隅に追いやらなかった優しい世界

冬の将軍が、最後の悪足掻きに入られ、落ち着かない空模様が続く雛祭りの夜。

ふと気づけば日本アカデミー賞が発表になっていて、どうせ”大人の事情”で捻じ曲がった結果なのだろうと高を括っていたら、最優秀アニメーション作品に「この世界の片隅に」が弱小東京テアトル配給であるにも関わらず選ばれ、流石の大手映画会社もこの映画だけは無視出来なかったんだなと嬉しくなった。


最優秀作品を含む、7冠を達成した「シン・ゴジラ」にしても、特撮というジャンルでありながら選ばれた事には意味があるなと思うのと同時に、こういった賞に選ばれ易い”真面目”な映画が年々貧弱になっていることを再認識。それもこれも、各社大手が配給会社が、作品の良し悪し以上に互いのメンツを守る為、持ち回りで賞を選ぶような真似をして、弱小な配給元の映画に目を向けて来なかったのが悪いのでは無いかと思った。

最優秀アニメーション作品に「この世界の片隅に」が選ばれた裏で、何故「君の名は。」じゃないんだ!という声が少なからず上がっていたが、その声の一つにこんなのがあった。

「興行が1番良いやつが、みんなが良いと思った作品だろ?なんで大した売れてないやつが1位になるねん」

と、言うのだが、そもそもまずお金を払わなければ良いか悪いかも分からないのが映画であることが分かっていない意見だと思った。悪い言葉を使って言えば、良いポン引きがいれば、お店の良し悪しは関係なくお客は呼び込めるわけで、「君の名は。」くらい出来が良ければ宣伝だってすこぶるやり易く、お客も足を運び易くて当然なのだ。ネットの口コミ云々にしても「この世界の片隅に」の評価は素晴らしく、レビューも「君の名は。」を上回る高評価なサイトも多い。にも関わらず金の重さで作品を評価するなど言語道断だと言わざるを得ない。




両方共を観た上で「君の名は」を選んでいるのかどうかも怪しい心無い意見もあったけれど、多くの人は「この世界の片隅に」の受賞を喜んでいた。僕も嬉しくなって、つい深夜に原作コミックを読みだして寝不足まっしぐらな中これを書いている。

隕石に翻弄される壮大なラブストーリーである「君の名は。」に対し、小さな生活を切り取ったささやかな愛と哀の物語な「この世界の片隅に」。同じく愛と命の尊さを描いているのに「この世界の片隅に」の喪失感は本当に重く、結果を知った上で原作を読むと終盤の胃がキリキリするような辛さが頭をよぎって、序盤のほのぼのさが愛おしいやら切ないやらで目頭が熱くなった。

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何気ないシーンやほのぼのするイラストの積み重ねが、じわじわ僕らの中に沁みて来る...




この作品を生み出してくれた"こうの史代"さんや、諦めずに作り続けた片渕須直さんとMAPPA、そしてクラウドファンディングで支えた人たち全てに、おめでとうとありがとうを言いたい。


なんかまた泣けてきた....







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posted by lain at 07:17 | 北海道 ☔ | 映画 全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2016年11月05日

命は与える物でも奪う物でもない。じゃあなんなの?「Dr.キリコ 白い死神 1巻」 手塚治虫(原作)/ 藤澤勇希(脚本)/sanorin(漫画)/感想

 この世界には、常に対照的な存在がいる。光と陰、水と油、アムロとシャア、のび太と出木杉くん、大谷翔平と斎藤佑樹、イスラムとキリスト、社会主義と資本主義、そして生と死。物質から架空の人物、更には主義主張に至るまで例外はない。

 しかし、それらは相容れないように見えて、その実、共通性があったり互いを必要としているような節がないでもない。医者のくせに治すより死なせる方が得意なキリコにしても、最終的な答えが違うだけの話で、”そこ”に至る過程はなんらブラックジャックと変わることが無いのである。






 日本では犬や馬を死なせるルールはあっても、人間による自主的な死を赦すルールはなく、当然安楽死は認められていない。世界的にも様々な意見があって難しい話ではあるけれど、何故本人の意思や親族の判断で苦しみを終わらせることに不都合があるのだろう?公的に認めてくれないから薬を飲んだり飛び込んだりするのではなかろうか?

 これまで何度となく、ただ装置に生かされているだけの人達を目にしてきた。笑うことも泣くことも、寝返りを打つこともなく、幾重もの管が繋がったままの四肢を横たえる様は、まるで人体実験のようで気持ちの良いものではない。だから、いっそ死なせてやりたい。いや、死んで欲しい。そんな風に考えてしまう人の気持ちも少なからず分かる。

 安楽死がなかなか認められないのは「自分が辛いからと言って死んで(殺して)良いのか?」という精神論を押し付けようとする人達が根強いからかもしれない。誰もが同じように生きられるわけでも無いのにである。子供の頃、愛は世界を救うと信じ、自己犠牲の美しさに酔っていた僕は、 いつの間にか死にたい人は死ねば良いと思うようになっていた。心から死を望む人などおらず、自殺した人でさえ最後の瞬間には「生きたい」と思ったはずだと信じて疑わないが、死にたい人を無責任に引き留めるのも何か違う。それに、何かと個人の意思がままならない世の中で、訳も分からず与えられた命を自ら大地へ還すというのは、死んだように生きているより、よほど生きようとする行為なんじゃないかと最近は思う。




 全然この漫画の話をしていないが、少々絵柄やプロット、キリコのキャラクター造形が甘い気はするものの、本来ならば悪でしかない命を奪う者キリコを読者に愛して貰いたいという気持ちが篭った作品になっていると思った。高齢化社会を迎えた今の日本にキリコが居たら、仕事に事欠かないだろうな......

 間 黒男と絡む回が楽しみだ。









タグ:手塚治虫
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posted by lain at 07:15 | 北海道 ☔ | 映画 全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2016年03月05日

Are you 賞?

昨日、2014年12月14日〜2015年12月15日までに公開された映画作品を対象とした”日本アカデミー賞”が発表された。







非常に無難な判り易い賞レースだった。当たり障りの無い人情を切り取った普通の映画ばかりである。

最多の賞を獲得した「海街diary」は女性が実に好みそうであるし、「海難1890」は、世界相手に自信を取り戻したい年配の日本人の心を擽る内容だろう。他の作品にも古き良き日本や、判り易い構成の映画ばかりが目に付く。

今やお年寄りと女性がお金を落とす時代であるから、当然の結果である言えばそれまでだが、どの作品の詳細を見ても、この映画は是非観たい!と、思える作品が少ないのは個人的に寂しい。唯一”おっ!?”と思ったのは「百円の恋」くらいだった。







冴えない女がボクシングを通して生き方を模索して行くと言う内容が実に魅かれる。格好つけたり、綺麗事を並べるセンチな映画より、切実な想いを抱いていても、それをどうすりゃ良いのか分からなくて、とりあえず前に進んでみたら全身ズタボロで汗水垂らしながら足掻き続けるような泥臭い映画が僕は好きだ。会社や利益等のしがらみが無い人達から賞を貰っている"塚本晋也"監督の「野火」が一切選ばれていないのも理解出来ない。

あとアニメーション好きとしては、海外の実写とアニメを一緒くたにしているのは納得がいかない。「ベイマックス」やマイナーだが芸術性の高い外国のアニメーションの居場所を作るべきだろう。外国映画にこんな扱いをしているくせに、海外でもっと日本の作品を評価して欲しいと口にするのはおこがましい話だ。

結局、沢山広告を流し、上映する箱を確保出来る大手配給会社の影響力が賞に反映されてしまう日本アカデミー賞に、公平な賞レースを期待することは無駄なことなのだろう。しかし、出来ることなら中立な立場にいる民間の有志を年代ごとに募って片っ端から映画を見てもらい、ジャンルごとの最優秀作品を決めることが出来たら最高だ。

ネットでアンケートを実施し、その総合結果を公表するような方法も良さそうに思えるけれど、上映館数の多い作品が有利なことに変わりは無いのだから。







すべての映画を観尽くすことなど不可能に近いし、初めからお墨付きの映画にまず目がいってしまうのも良く分かる。実際僕だって、こうした賞の中から映画探しをしていたりするのだから人のことは言えない。

しかし、だからこそ其処から掬い上げる物を見極める目が大事だと痛感する。ただ有名な賞を獲ったから。ただ人気のアイドルが賞を獲ったから。ただ、ただ、ただ、ただと受け容れるのは思考停止も甚だしいというものだと思う。


にしても、自分の好む物=世間の好む物では無いのだから、誰もが納得する結果など賞レースにおいて存在しないのも当然だが、「凄い!」と大勢が感じる作品をマイナーな世界に埋もれさせてしまう映画界のお偉い人達には残念な気持ちしか湧いて来ませんな.....






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posted by lain at 07:22 | 北海道 ☔ | Comment(0) | 映画 全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする