2016年12月01日

これも”早過ぎた”アイテムだったのだろうか?

 やだなぁ〜もう12月かよ.....などと思いつつ圧雪の上に雨が降る中帰宅した今日は、PCエンジンGTが26年前に発売された日でもあります。

 30も半ばより上で、昔からゲームが好きだった方なら絶対知っているであろうPCエンジンのゲーム(Huカードに限る)が、何時でも何処でも遊ぶことが出来る夢の携帯用ゲーム機がPCエンジンGTだった。

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まさかの単三6本。単三1本で動くワンダースワンは実はすごかった?(充電池だと正常に起動出来なかった)



 ゲームボーイ、ゲームギアに続き発売されたPCエンジンGTは、後発なだけあって性能はかなりのものだったようだが、価格が高かった為お小遣いもままならない子供は縁が無かったとショーケースの前で諦めるほかなかった。

 それにしてもPCエンジンのバリエーション(本体や周辺機器)の多さは他機種の追随を許さないものがあって今考えると異常な気もする。Huカードだけを遊べる通常のPCエンジンにバッテリーバックアップ用のユニット”天の声BANK”や”CD-ROM2”等を取り付けて拡張出来るのもうそうだし、初代PCエンジンから二度もモデルチェンジしていたりもするのも忙しない。ラックトップ型のPCエンジンLTや、グラフィック処理を強化したPCエンジン スーパーグラフィックスのように、全然売れなかった商品も多いけれど、駄目な子ほど可愛いと言わんばかりに、それらの忘れ形見は愛おしい。

 ”携帯ゲーム機の全世界販売台数ランキングワースト10”に見事選ばれたこともあるPCエンジンGTだって当然売れていない。数が少ない分市場価格は未だに高いようだ。僕はたまたまたリサイクルショップで千円も出さずに買えてしまったからと言うわけでも無いが、正直今更何万円も出して買うこともないハードだと思う。据え置き機がそのまま携帯機で遊べる!というのは本当に画期的な話ではあるものの、PCエンジンGT用にソフトを作っている訳ではないから、文字は見難いしセーブ(バッテリーバックアップ非搭載)は出来ないし、使い勝手は微妙としか言いようがない。大体デザインがあまりにも堅く、子供を寄せ付ける優しさが乏しいのは致命傷だったと言えるだろう。

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画質は良いだけに、なんとも勿体無い機械だった....



 ちなみに、PCエンジンGTを買うお金があったらPSVRでも買えば良い!とさえ思う僕は、ずっとPCエンジンLTを狙っているお友達だ。レーザーアクティブのユニットも捨て難い。

 なんだかんだで、やっぱり合体は漢の浪漫なんだよなぁ........
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posted by lain at 21:38 | 北海道 ☔ | ゲーム 懐ゲー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2016年11月12日

俺には俺の、お前にはお前の青春がある『懐かしファミコン パーフェクトガイド: いまもあそべる せいしゅんの8ビットゲーム』(株式会社QBQ 著)

最近また、公式・非公式を問わずレトロゲームが注目されている。複数のハードに対応したエミュレーター機が国内メーカーから発売されたり、人気のタイトルが初めから入った手のひらサイズのファミコンまで出た。海外のセガも新型メガドライブを発売すると言うし、最早懐古趣味の枠に収まらない状況だ。


まあだからと言って若い世代にレトロゲームを無理強いする気も無いし、その必要も無いのだけど、もしも興味はあるけど何を遊べば良いか分からないという人が居るなら、本書(ファミコンオンリー)に背中を一押しして貰うのも悪く無いかもしれない。


懐かしファミコン パーフェクトガイド: いまもあそべる せいしゅんの8ビットゲーム -
懐かしファミコン パーフェクトガイド: いまもあそべる せいしゅんの8ビットゲーム -



突始めこそファミコン狂いな芸人のどーでも良い話だが、その後の売れたソフト・糞ゲー・ラスボスが印象的なゲーム、更には美少女が登場するゲームや二番煎じなゲームまでランキング形式で紹介しているコーナーや、「現役中学生が"はじめて"ファミコンやってみた!」という今時感溢れるコーナーも面白かった。字が読みにくい、難しい、作った人の性格を疑います!などなど、クソミソに言った挙句「ファミコンって、日本のゲームじゃなくて、海外のゲームみたい。」と言い放つJCの素直さには頭が下がる。



他にも「ゲームは11時間」という言葉が広まった理由や、中国のバッタもんファミコン、非公認お色気ゲームなど、ファミコンの旨味が満遍なく収録されていて悪く無い本だった。やったことのあるゲームだけでなく、やったことの無いゲームの話も楽しいもので、なんだか無性にファミコンのカセットが欲しくなった。どうやらまだまだファミコンには未開の地があるようである。



 売れなくなって、どれくらい経ったか分からなくなるほど低迷している据え置きゲーム機ではあるけれど、昔は本当に据え置き機、特にファミコンは夢の装置だった。


ACアダプタをコンセントへ刺し込み、同軸ケーブルをTVに繋ぎ、チャンネルを1chに合わせ、カセットの調子を伺いつつ基盤へ填めたなら電源を入れる。上手く起動してもしなくても、遊ぶまでの準備も含めて一つ一つが楽しい時間だった。



 ”だった”と過去形で話さなければならないのも、僕が多分に齢を取り、もうそんじゃそこらのことで驚きを感じない世代になってしまった証拠なんだろう。正直今のゲームはどれも作業感が多くて、楽しいより面倒臭い。それでもやめないのは、何もしないよりしていた方が気が紛れるから?自分でもよく分からない。


 「昔は良かった」と口にする大人には、絶対なりたく無いと若い頃は思っていた。けれどこうして大人になった今は、実際昔は良かったのだから、そう感じて当然だと考える自分がいる。僕らが世界を”新鮮”だと感じられる時期は限られており、ある一定の時期を過ぎると、あらゆる物が昔から存在する”何か”から派生した物であることに気づいてしまう。だから人は皆、その一定の時期を指して「昔は良かった」と口にしたくなるのだろう。懐かしんでいるのは、物ではなく失った気持ちなのだ。


そして、そんななけなしの想いを若者に一蹴されない為にも、いくら二番煎じでつまらないと感じる今であっても、それらを新鮮に受け取っている世代がいる事を僕のような中年は忘れてはならないのだろう。



きっと、一つ所に留まらず、世界中の文化を直に触れて回っていれば、新鮮な気持ちを末長く携えたまま長年生きて行けるに違いないが、そんな暇もお金も度胸も僕には無い。VRの世界がよりリアルな物になり、狭い自室が宇宙のように広大な物へと変貌する時代が来たならば「昔は良かった」と感じることが激減するのかもしれないが、そんな時代はまだまだ遠そうだ。



お気に入りの服だったからといって、大人になってまで子供服には袖を通せないけれど、捨ててしまう必要はない。その服のサイズに合った誰かが、きっと何処かに居るのだから。

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posted by lain at 07:16 | 北海道 ☔ | ゲーム 懐ゲー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2016年07月22日

なかなか蹴らない殴〜るゲーム「ケルナグール」ナムコ/懐ゲー/感想

 今から20数年前、地元には数多くのTVゲームショップがあった。のちにコンシューマ向けにゲームの販売をするようになり、今年の春めでたく破産した”アルケミスト”の前身「ベイ・クリスタル」や、おそらく非公式にソニックをマスコットにしていた「ロムズ」、ドリキャスのロゴの色違い状態で関東から東北辺りまではまだ生き延びている「カメレオンクラブ」、そして販売価格も買取価格もユーザーに優しく地元民にとって一番馴染み深かった「夢工場」。他にも小規模なショップやゲームを取り扱う書店も含めれば、かなりの数のお店があったものだが、今ではどのお店も見掛けることは無くなってしまった(夢工場はカードゲームのショップとして生き残っている) 

 外来種である”ゲオ”や”ブックオフ”により食い荒らされ、スマホで無料ゲームをするのが当たり前になり、DL販売も加速している時代にTVゲームだけで勝負出来るお店などあるはずも無いのだろうけど、大事なお小遣いを抱えて一本のソフトを選ぶワクワクと不安を教えてくれた思い出の場所が無くなって行くのはやはり寂しいものがある。僕が初めて親と入ったゲームショップは夢工場で、何年か前にシアターカンダとして復活した元”国劇(旭川国民劇場)”の階段下にあった店舗だった。映画好きな父親らしい場所である。あまりにも昔のことなので、初めて買って貰ったソフトは曖昧なのだけど、よく覚えているのは「ケルナグール」だ。




 硬いケースに入っているというだけでもリッチな気分にさせてくれるナムコ製で、何処からどう見ても男の子二人のパッケージであるのに、道着の胸元が膨らんでいることにエロスを感じたかどうかは定かでは無いが、妙に惹かれて買って貰ったことだけは覚えている。簡素な対戦モードと修行モードとあって、もう兎に角RPG要素の修行モードが楽しかった。初めは老人よりも遅い足取りで、ケルナグールのはずなのにナグールしか出来ないというのに、各地に点在する寺を巡る武者修行を繰り返しているうちに「あれ?俺強くなったんじゃねぇ?」と成長を実感してゆき、ゲーム開始時が嘘みたいに軽やかな戦いが出来るようになると楽しくて仕方なくなっているスルメゲーでした。

 序盤の苦しみを乗り越えた者だけが見れる風景があるゲームだとでも言えば聞こえは良いが、何から何まで遊び易い現在に比べれば、1本1本大事に遊ぶ心を持った子供時代だったから許容出来るバランスだったのは否めない。ただ、TVゲームが当時これだけ実験的な場所であったのは幸せなことである。作る側も買う側もチャレンジする余地が残されていたということなのだから。今では過去の遺産に縋りつき、実績のあるビジネススタイルに乗っかっているだけだからゲームが本当につまらない。思い出を大事にしたいと思うことと、実際にそこから一歩も踏み出さないこととは全く別の話なのだ。





 あの時代に戻りたいと思う反面、戻ってはいけないとも思う。

 閉じ籠りがちな僕であっても、変化が無いよりは有った方が100倍人生を楽しめることを知っているから。
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posted by lain at 07:03 | 北海道 ☔ | Comment(0) | ゲーム 懐ゲー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする