漫画に憑かれた巧達「漫勉 シーズン4」感想

「YAWARA」「MONSTER」「20世紀少年」など、ヒット作を次々生み出して来た”浦沢直樹”さんが手掛ける『漫勉』は、毎回1人の漫画家さんの仕事っぷりを定点カメラで収め、その映像を漫画家本人と一緒に見ながら語らうテレビ番組で、設定やネームの切り方、下書き~ペン入れまでじっくり扱っているから漫画を描く人には良いヒントになるし、読むのが専門だという人でも、この番組を見ればどれだけ漫画家が技術と気持ちを込めて描いているのかが伝わり、これまで以上に1ページ1ページを大事に読もうとなる良い番組だ。






この番組が始まったのが2014年。その頃僕は入院していて、病室のテレビに釘付けになっていたのを覚えている。あれから3年近く経ち、気づけばシーズン4も終わってしまった。今シーズンも実に濃厚で、作品を読んだ事のない方の回を見れば読んでみたくなり、お馴染みの方の回を見れば読み直したくなり、結局馬鹿みたいに漫画が読みたくなった。


特にラストを飾った"ながやす巧"さんの仕事は凄まじかった。呆れるくらい設定に年月をかけ、細かな装飾全てに手を加え、いざ描くとなったら、単行本一冊分をキャラクター1人ずつ一気にペン入れして感情が散らからないよう配慮する拘りようには頭が下がる。この歳で漫画を描ける喜びでいっぱいだと語る職人気質の不器用さが酷く愛おしく思えた。漫勉の影響で今更読み始めた「壬生義士伝」も凄く面白い。時代劇を全然描いたことが無いだなんて信じられないディティールであるし、ながやすさんの絵のテイストにチャンバラは実に合っているように感じる。


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壬生義士伝 1 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL) -
壬生義士伝 1 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL) -








下手に金をかけたCMを流したり、書店でおかしなポップを付けるより、漫勉のような本物を切り取って訴えかけた方が漫画の将来は明るいのかもしれない。


描き手と読み手の両方の漫画愛を高めてくれる良い番組だ『漫勉』。








「浦沢直樹の漫勉」公式サイト

posted by lain at 21:12北海道 ☔てれび

仕事以外不器用な”おっさん”達のごつごつした神の手が俺は愛おしい

二日前、大勢が三連休直前の浮かれた夜を過ごすなか、珍しく僕はテレビを見ていた。

各分野で優れた技術を持つ日本の職人達が1台のバンに乗り込み海外で修理のお仕事をするという番組だ。


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残念ながら恋には発展しない暑苦しいワゴンだったが、職人同士のプライドが相乗効果を生み、かなり良い絆が最後には形成されていたような気がした。

家具でもトロッコでも元の良さを活かしつつ生まれ変わらせる人や、これぞ職人と言わんばかりのドライバー1本で車のエンジンの不調を聴き分け修理する人、他にも左官屋・木工職人・エンジニアまで多岐に渡る人材が自慢の腕を披露しているのを見ていると、自分も何か作りたくなって仕方なかった。「壊れたら直す」「無い物は作る」そんな当たり前のことを失いつつある日本において、物を大事にする人間の心を最前線で護っているのが職人なのかもしれない。

日本は彼らのような人達を大事にするべきだろう。何もかもオートメーションで大量生産し、壊れれば捨てて新しい物を買うという発想は、資金や資源があるうちは良いものの、それだっていつ何時枯渇するか分からない時代だ。現在だけじゃなく未来の子供達のためにも、機械だけに頼らない知恵や技術を残していきたいものである。








途中で父親を喪い帰国する方が出ると、続けて体調不良や仕事で離脱する職人まで出て、どんどん辛く寂しい旅になっていったけれど、それこそ何もかも犠牲にして独り仕事に打ち込む職人の生の姿を見ているようで感慨深かった。守備範囲外の時計台の修理を執念で直していたことにも頭が下がる。

職人ワゴンが訪れた2箇所の土地セルビアの小学校で、ボロボロになった教室を職人達が綺麗にした時、子供達の顔がぱぁっと明るくなったのも忘れられない。テレビだから現地民への仕込みも沢山ある中で、あそこだけは本当のリアクションを見れた瞬間だった。

テレビが面白く無い時代に、テレビも悪く無いなって思えたことが嬉しい。

テレ東のテレビ職人もやるじゃないか。
posted by lain at 09:15北海道 ☔てれび

”終わらない人”というより、”終われない人”が宮崎駿

「引退」とは、”役職や地位から身を退くこと。スポーツなどで現役から退くこと”だが、時に人は”それ”を撤回する。

もう無理かと思って辞めてみたけど、まだ身体は動くな。若い子であのレベルなら、私が本気を出せばもっと凄い。と、忘れ物でも取りに帰るみたいに復帰する。



宮崎駿という人も、何度となく辞めると口にして来た人物だ。一つ映画が終わる度、もう出来ない、やらないと口にして来た。体力的な話以上に、妥協出来無い性分が元で人間関係を壊してしまうのが本人には一番堪えるらしい。そんな話を見聞きしていたから、「風立ちぬ」のあと、今までの引退宣言とはまるで比べ物にならない本気さで引退を口にした時は、残念な気持ち以上に、安堵するようの気持ちが僕の中を駆け巡ったものだけど、"終わらない人"と銘打った引退後も作ることをやめない宮崎さんに密着したドキュメンタリーの終盤、長編の企画書を鈴木さんに見せに行く宮崎駿おじさんを目にすると、この人にはのんべんだらりとした余生より、イライラカリカリな物作りの時間が相応しいなと微笑ってしまった。

仕事に欠かせない人材が次々と亡くなっていく寂しさや、若い世代と一緒に新たな世界(CG)を覗く楽しさともどかしさ、そして”人間が描くのと同じように絵を描く機械”を生み出そうとする人々との温度差に忸怩たる想いを吐露する宮崎さんの姿が実に印象的な良いドキュメンタリーだった。




「何もやってないで死ぬより、やっている最中に死んだほうがまだましだね」

そう口にする宮崎さんに、一度でも関わった人は「負けてられるか!」「付き合ってられるか!」「最後までお伴します!」と思わずにいられない。結局ジブリは後継者らしい後継者を育てられないまま、おじさん三人の思い出の場所に終わってしまいそうだが、本当の意味で教わる・覚えるというのは、本人の意志が介在しないと実現しないわけで、こうして背中を何らかの形で残してくれるだけでも、充分次代の作り手が生まれる土壌作りになっていると思った。

いつか人の手を離れ機械が勝手にアニメを描くようになったとしても、感情の無いAIに情緒までは演出出来はしない。感情まで再現出来るようになるまでは、人間の出番はまだまだある。

そもそもあらゆる面で人を凌駕する存在を作って、僕らになんの益があるのだろうか?劣る自分達は老害なのだろうか?機械の許可なく地球上での生存が赦されないような時代だけは来て欲しくないな....


posted by lain at 07:15北海道 ☔てれび