2011年09月07日

なんだか心が先に秋模様....

 今日もぐったりしながら帰宅中、いつも通る高校の前に車が数台停まっていました。部活などで遅くなった子供を向えに来た人達かな?自分で歩いて帰らせれば良いのに...過保護だな。と、考えつつ家に到着。


 僕の家は、幼稚園に行くのも、小学校へ行くのも遠く、学生時代は登下校だけでかなり体力が必要でした。親は共働きで、子供の送り迎えなんてしている暇など無く、幼稚園はバスの定期券を首からぶら下げて、普通の路線バスに自分で乗り通い、当時自転車通学も許されていなかった小学生の時は、徒歩で片道3キロほど歩くのが日課でした。

 中学は更に距離が伸び5キロ。しかしこの時は自転車通学がOKでしたし、汽車で冬は通えたのでまだましだったかなwただ、1時間に一本しか汽車が無い路線だったので、乗り遅れた時は家まで歩いた事もかなりありました。
 高校なんて既に自転車で通うような距離じゃなかったので、汽車&バスとかww私立だったし、いよいよお金が掛かる高校生活だったなぁ.....

 こんな感じに家が学校から遠いと、友達とも家が遠い事が多い。いくら仲良くなった友達でも、一度、二度来たらもう二度と僕の家までやって来ないのなんて日常茶飯事.....実際遊びにおいでと誘ったら、「えぇ、だってお前んち遠いじゃん」って、言われた事もありましたっけ...(遠目 
 その逆に、家が遠いから自分が友達の家に行く事さえ親に反対されたり、自分自身が面倒だったりもして、今じゃすっかり友達と言える人間は片手で数えられる程度なのです.....

 よく遠距離恋愛は上手くいかないなんて言いますけど、子供にとっての3キロや5キロは、そんな遠距離恋愛のような壁です。残念ながら、社交的じゃ無い僕にはその壁を乗り越える事が出来なった.....やや!こんな事書いてたら普通に切なくなって来た_/乙(、ン、)_


 なんか無性に中学の同級生に逢いたくなって来た.....あの頃の5キロは、車を持っている今の僕には近いはずなのに、彼等に掛ける言葉が見つからなくて、とても遠いです......

 上手にみんなと付き合えなかった事が、本当に悔やまれます....みんな元気か?(*ーωー*) web拍手 by FC2
posted by lain at 22:14 | 北海道 ☁ | Comment(0) | 日記 昔話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2011年08月16日

この季節に想う事。

 お盆も終わり、既に日常生活に戻った人も多い事でしょう。僕も今日が終れば忙しい毎日に逆戻りです。

 前にも書きましたが、僕はお墓参りには行きません。どうしてもあの馬鹿でかく高いだけの石の中に魂があるように思えないからです。あそこにあるのは生者のエゴだけ、死への恐怖を受け入れるために、死んだ者にまですがる、まだ生きている者達の弱さの象徴が墓所ではないでしょうか。

 誰でも、死んだあとの事を考えると、誰かに覚えていて欲しい考えてしまう事でしょう。そのために高価な墓石を買い、自分の足跡を形にしておこうとする。しかし、その墓石だっていつか朽ちる。その墓石に眠る人を知っていた者が死んでしまえば、完全に忘れ去られてしいます...

 最後まで大事な物は心の中に存在しています。ただそれを引き出すきっかけが人には必要なので、それはお墓であり、形見であり、その人と過ごした場所であり、様々です。僕にとっては、この季節自体が故人を想うきっかけになっています。


 人生30年以上も生きてくれば、沢山の人の生き死にを見聞きします。元気いっぱいだった愛犬の死。小学生の時よく遊んでいた団地の子供が白血病亡くなった事。初めて有名人の死に涙したアイルトン・セナ。元同僚の車による死亡事故。そして、真っ先に浮かぶ祖母の死.....


 ウチは三人姉弟のため、両親は共働きでした。僕らは学校が終ると、自宅の直ぐ近くにある祖母の家に帰る。母が仕事を終えるのが5時前後のため、それまでは祖母と毎日過ごすのです。

 当時祖母は70歳を軽く越えていました。それでも毎日畑仕事をこなし、食事もほぼ全部自分で作っての一人暮らし。そんな生活に僕らの存在は幾らか張り合いをもたらしていたのかもしれません。一緒に畑仕事をしたり、テレビで時代劇やプロレスを観たり、キッチンに水を溜めて遊ばせてくれたりもしました。子供の時分は、祖母との想い出の方が良く思い出されます....祖母の作ったおはぎ、美味しかったな.....

 
 そんな祖母が、高校の時死んだ。二度目の入院から戻る事なく亡くなった....

 亡くなる寸前には、僕を叔父さんと見間違えるほどで、その事実は酷く僕を動揺させました。祖母にかける言葉もなく僕は病院から逃げ帰った。

 それから幾日か過ぎたある日。いつもと違う夢を見たその日の朝、病院にいた母から連絡がありました、祖母が死んだと....

 あの日見た夢の内容はもう想い出せない。ただ漠然と祖母が消えてゆくような感覚を感じた事だけは覚えています。本当に大事な人だった....


 それから行われたお通夜や葬儀の間、僕はずっと泣かないでおこうと誓っていた。周りのにこやかな笑顔にイラつきながら。まだ若かった僕には、人の死を笑って送り出す大人達が理解出来なかった。


 何故もっと哀しそうな顔をしない!何故もっと死者を惜しまないんだ!

 
 そんな憤りが渦巻いていた。でも、今ならそんな見送り方もあると思えます。楽しい想い出は沢山あるのだから。哀しい時こそ楽しく過ごした日々を思い返し、笑顔で故人を偲ぶ方がよほど死者の為になるやもしれません。

 それが分らなかった僕は、張りつめた感情をずっと殺し続けていた。でもとうとう火葬場から出発するバスの中で、灰になった祖母が詰まった箱を見ているうちに、涙が溢れてしまった。


 ほんの少し前までいた人がもういない。その事実がこれほど重い物だと知った瞬間だった。愛犬が死んだ時も哀しかった。でも人が死ぬのはもっと哀しかった....人にとって人の死は、やはり特別なのでしょう。両親が死んだら、僕は同じように泣くのだろうか....



 僕も弱い人間の1人です。僕が死んだ時、同じように涙を流す人が、一人でもいて欲しいと願わずにいられない...... web拍手 by FC2
posted by lain at 11:21 | 北海道 ☔ | Comment(0) | 日記 昔話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2011年05月22日

後悔と懺悔と

 小・中学校の頃の僕は、周りの全てに嫉妬していた。女の子にモテる同級生。家が裕福でなんでも買い与えられてる友達。周りを明るく楽しく出来る奴。それら全てが僕には与えられていない事に苛立ち、恵まれた者には何をしたって構わないとさえ思っていた。

 だから、努力もせず与えられた環境の不遇さに甘え、周りの人を傷つけた。


 自分勝手な不幸をぶら下げて、僕は沢山の盗みを働いた。始めて人の物を盗んだのは小学2年生の時。当時流行っていたキャラクター物のマグネットシールだ。手口は、掃除の時間に机をズラす時、ワザと机を倒す。すると机に入っていたカンペンが飛び出し床に落ちた衝撃で蓋が開く。それを片付けるフリをしてマグネットシールをポケットに入れるのだ。

 始めは上手くいった。だが子供の欲は際限が無い。味を占めた僕は何度も同じ事を繰り返し、そしてバレた。

 親にも先生にも怒られた。もうやらないと本気で思った。はずだった...


 それから長い時間が過ぎて中学生になった。それくらいになると、また新しい欲が産まれて来る。それにはお金が足りない....僕は親のお金を盗んだり、万引きして物を手に入れる事を選んだ。新聞配達や手伝いで汗を流しお金を稼ぐのではなく、人が汗した成果を横取りしたのだ。

 学校近くの商店、薬局、本屋。あらゆる場所で万引きをした。お金が裸で入っているオヤジの背広からお札を盗った。そうしているうちに、いつのまにか物自体が欲しいからではなく、人の目を盗み、物を盗る行為のスリルを楽しんでいた...


 そんなふざけた生活にも終わりが来た。ある日、いつものように小さな本屋で万引きをしようとしていたら、いつもと違う店員がいた。それでも普段通りに盗む本を手に出口の方へ行こうして前を向くと、その店員が立ち塞がっていた。まだ商品を持っているだけだったが、店員には分っていたのでしょう僕が盗むつもりだと。

「それを置いていけば通報はしない」

 確かそんな言葉を掛けられた気がする。まだ盗んだわけでも無いのだから、開き直っても良かったのかもしれない。だけどその時の僕は妙に自分が情けなくて、「すいません」と一言口にし、立ち去るしか出来なかった。でも、それで良かったんだ....


 あの出来事から一切の盗みを止めた。親のお金をくすねる事も止めた。盗みのスリルに身を委ねるなんて馬鹿げた事だった。あの頃の自分を誇らしく語るなんて絶対したくない。最低の男だった。汗水垂らして働き、自分のお金を持つようになって更にそう感じる。

 僕にマグネットを盗られた同級生、商品を盗まれたお店の人々、そして苦労して稼いだお金を息子に盗られた両親...どう謝ればいいのかさえ分らない....僕の勇気はあまりに貧相で、保守的だった。それは今も変わらない.....


 これはただの僕の懺悔。誰に対しての助言でも警告でも無い。ただ、昔の僕のような状況で今を生きている人達には、自分の行為の結果が何処に行き着くのかを知って欲しい。




 誰かを傷つける事は、自分を傷つけるだけだと...
web拍手 by FC2
posted by lain at 11:51 | 北海道 🌁 | Comment(0) | 日記 昔話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする