2016年09月05日

愛なき愛を讃えよ「鼻下長紳士回顧録 上巻」安野モヨコ/祥伝社/感想

僕はしがない童貞だ。


素人だけじゃなく、プロとだって経験は無い。せいぜい右手が恋人である。




若い頃、女性をお金で買う連中が嫌いだった。結婚するわけでも無い相手と粘膜を交える行為に吐き気がした。自分を安売りする女性達のことも理解出来なかった。でも、いつの日か気付いていた。エロ本やビデオ、ネットで女体を漁っているのだって、同じように女性を軽々しく喰い物にしているだけなのだと。自らは戦場へ赴かず、兵士達へ御国の為に死ねと命ずる卑怯者と変わらなかった。互いに割り切って身体と身体をぶつけ合っている連中の方が、何倍も堂々と生きていたのだ。


そして、この漫画は、そんな人々の蔑みと尊敬を一身に集める女性達と、拗らせた男達の物語だった。

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舞台は20世紀初頭のパリ、「メゾン・クローズ(閉じた家)」と言う娼館。主人公である”コレット”は、たまに顔を見せては金をせびるレオンに夢中なこと以外、生き甲斐も無く今の生活を受け入れている女性。

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勿論は彼女と彼女の仲間達と変態紳士達の話が中心になるわけだが、もう兎に角変態紳士達の屈折した性衝動が生々しくて笑えない。全身に羽毛をつけて娼婦達に追われる小鳥を演じる無垢な中年や、自分の父親を演じる男の頭を磨きながら娼婦に口でされて果てる男。果ては尻を責めてくれた娼館で自らの葬式を執り行う者までいる。拗らせた大人は本当に何でもやるものだ。僕に言えた義理でも無いけれど....

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 そんな変態紳士を相手にしているだけあって、絵画のような肉感の娼婦達にも重みがあった。悟りを開いたような娼婦達の短い一言一言が胸に刺さるし、愛する男から貰ったガーターをゴミ溜めから見つけて泣く娼婦の姿は、まるでガンダムのラストシューティング姿みたいに痺れた。こんなにエロくて切なく美しい漫画、子供には勿体なくて見せられやしない。まったく呆れるくら人間と性は切っても切れない代物だ....

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流石シン・ゴジラで猛威を振るった庵野秀明を御してみせるだけはある女性だ安野モヨコ....






安野モヨコ 公式サイト


鼻下長紳士回顧録 上巻 (コルク) -
鼻下長紳士回顧録 上巻 (コルク) -

タグ:安野モヨコ
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posted by lain at 07:02 | 北海道 ☔ | 漫画 レディコミ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2016年04月18日

素敵な不幸、要りませんか?「昨夜のカレー、明日のパン」渡辺ペコ(漫画)/木皿泉(原作)/幻冬舎/感想

物語というやつは、大抵嘘っぱちの作り物だ。どれだけ客観的に作られていようとも、形にする為の手順を踏んだ段階で、どうしても何者かの作為が働いてしまうからだ。極端な話、ドキュメンタリーでさえ例外ではありません。カメラを向ける者、向けられる者が、どれだけ意識せずに行動しようとしても、そう易々と互いを意識の外へ追い出せるものでは無いのです。

いっそ対象に許可を得ず、完全なる盗撮をノーカットで収めたならば、本当の意味でのドキュメンタリーが成立するのかもしれないけれど、それはそれで別の問題が起きてしまうし、第一テンポが悪い上”見たく無い(見せたく無い)”物まで露呈しては洒落になりません。虚構でも真実でも、僕らが望むのは”それらしい”物であって、”それ”そのものである必要は無いのです。”真実はいつも一つ”だなんて言ってる名探偵も、結局のところ誰かが望む物を提供するサービスマンですしね。

そういう意味で言うと、本作を書いた”木皿泉”さんと、本作を描いた”渡辺ペコ”さんは優秀なサービスマンなのかもしれません。


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この話を端的説明すると、一人の男がさっさとくたばって、彼と関係のあった人達がそれぞれの気持ちを整理するかのように過ごしている、何気ない日々の一コマ一コマを味わい深くオムニバス形式で描いた作品です。一人目の主人公は、くたばった男の妻で、義父と二人暮しのテツコさん。大して親しく無いご近所さんと虹を見て笑ったり、お付合いしている男性のプロポーズを躱したり、変わり者の義父とたわいも無い会話を楽しみつつも、旦那を喪ったショックを引き摺る女性。独特のセンスを持った困った人だが、何処か愛らしい。

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死にゆく人を看取った者だけが口に出来る重いセリフ

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他人と少しズレた道徳観念が魅力的




二人目は男の幼馴染でご近所さんの女性。三人目は自分に無い物を持っている男に憧れていた従兄弟の青年。そして最後には......といった風に、様々な人の視点で一人の男の死と生が描かれて行きます。

なんていうか、感情の抜け具合がとても良いなと思いました。胸にぽっかり穴の空いた人間の表情が凄く”それらしく”見えるんです。

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ぶっちゃけ生き死に翻弄される人々のドラマなんて使い古されていて、今更何も驚くべきことは無いのですが、これだけ丁寧に優しく嘘を扱われたら、流石にじんわり来る物がありました。脚色とリアリティのバランスが上手いので、ベタであっても安っぽくなっていません。テツコさんと大事な時間を過ごす男二人や、死んだ男への愛おしさが自然と湧いて来ます。甘みの足りないスイカに塩をかけるように、程よい不幸は人生に必要なのかもしれない。

恋も結婚も別に絶対しなければならない物では無いけれど、こんな素敵な不幸に胸を締め付けられると、やっぱりいつか、誰かと........なんて思ってしまう今日この頃でありました...........

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posted by lain at 07:00 | 北海道 ☔ | Comment(0) | 漫画 レディコミ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2016年03月10日

枯れても枯れない女の夢「月と指先の間 1巻」稚野鳥子/講談社/感想

相も変わらず現金というか打算的な僕は、”羽海野チカ”さんの口説き文句が無かったら本作を買う事は無かったに違いありません。

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「55歳の少女漫画家がー」

そんなパンチのある言葉が帯に記されているのに、どう見ても55歳ではなく跳ねっ返りの美大生と言った女性の姿が描かれている表紙。なんかそれって僕のツボと違うなぁ....と思いつつも、チカさんの太鼓判ときたら黙っていられない自分に苦笑しながら買って帰り、更に一月ほど放置していたのですが、昨夜出張の準備に疲れた夜に、ふと手に取り読み始めたらこれが面白かった。

自分より年下で漫画賞を獲った友人の為にスピーチをしている年齢不詳の少女漫画家”御堂アン”が、見た目の若さとは比べものにならないほど実年齢相応の現実的な物の考えで漫画と恋に塗れた海原を渡って行く様子を絶妙な匙加減でコミカルに描かれているのが上手いなと思いました。主人公と同じような状況にあればあるほど共感の度合いも相当な物になることでしょう。

作者の体験談が反映されているからか、生々しい話題(もっと読んで欲しい、お金が欲しい、解り易い♂の癒しが欲しい等々..)になりがちなんですが、まさかのゆるキャラ宇宙人が登場したり、主人公がたとえ漫画を描いてボロボロになっても、可愛さを損なわないというファンタジーさも相まって、ほのかに哀愁が漂う感じになっているから男の僕でも十二分に楽しめました。

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ただ、実際にこんな漫画家さんがいたら、コンプレックスの塊である僕は嫉妬の鬼になって、その方の本を読むのは止めてしまうでしょうね。筋金入りのオタクであっても、ちゃんとリアルに友人がいてお洒落なお店でお茶をしたりブランド物の服を着たりエステだって当然行くし、同年代と不倫だの、ぶっきら棒な年下編集長とは年の差のある恋愛に発展しそうなうえ、苦労はしてても仕事は順調。作中、漫画家の寿命は15〜35歳だと言われていると書かれていたが、その平均値を主人公は20年も更新しているのだし、苦労話と思わせて、その実自慢話なのでは?と、感じてしまうのも無理からぬ話。あくまでもリアリティと言う装飾を用いて理想の漫画家像を描いた、少女でありたいがそうはいかない成人女性の拠り所と理解した上で愉しむのが吉です。


中途半端に拗らせた年代に入り、こういった身につまされる話題の作品を素直に愉しめなくなった自分が寂しい。漫画やアニメに嫉妬するようになったら人生お終いかもしれませんね( ゚▽。)


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posted by lain at 07:18 | 北海道 ☔ | Comment(0) | 漫画 レディコミ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする