2017年06月01日

成功に失敗は付き物だけど、口に◯門は付き物じゃない....「ムカデ人間」トム・シックス(監督)/感想

いつもの「早く帰れたら映画を見る」というマイルールを適用し、さあ一体何をみよう?と考えたところ....

そういや今日はお腹が痛かったなと思いつき、何故か「ムカデ人間」を観てしまった。

どういう脈略があるのか?は、あまり言いたくない....







五年以上前かな?シャマラン監督の「デビル」を観るため札幌まで出掛けた時の話なのだけど、ちょうど予告が流れていて、「羊たちの沈黙」の”ハンニバル・レクター”「SAW」の”ジグソウ”に続くカリスマが現れた!的な煽りに声は出さずに爆笑したというのがムカデ人間との出逢いだった。そんな笑撃的な出逢いをしたくせに、すっかりいつか観よう観ようで観ていなかったのである。

内容は予告編を見て貰えば一目瞭然だとは思うけれど、複数の動物の口と◯門を結合させる実験に取り憑かれた博士と被害者御一行という開いた口が塞がらない(被害者達は塞がってる)類の超超B級映画で、ある意味涙無しに語れない作品である...

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イかれた博士に
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説明され
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はい
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この表情
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自他共に認める変態博士(CV若本規夫)は
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とうとう実験を成功させ
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被験者の苦しみも我介さず
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大喜びし
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このムカつくポーズで撮影会





冒頭道端に車を停めた怪しげな男が、連結された三匹の犬の写真を愛おしそうに眺めているシーンからして既にヤバかったのだけど、その直後博士の家にたまたま辿り着いてしまった(楽しい夜を過ごそうとしていたら山道で迷い車がパンクというベタさが可笑しかった)女性2人の下手な演技や、見た目だけなら雰囲気たっぷりの博士の一挙手一投足の独特な味わいの前に、僕の豊麗線は気の休まる暇もなく屈した。

また最後に追加された日本人ヤクザっぽい男”カツロー”が最高にキレキレで、彼のお陰でこの作品は成立したのだと思った。結合させられた女性2人と”カツロー”を側から見ている分には滑稽で笑える絵面なのだけど、終盤カツローが博士に投げ掛けた言葉と、己の尊厳を守る為にやった行為を目にした今となっては、実際にこんな実験させられたら自分はどうするのだろう?と考えずにいられないし、ただの一発ネタで終わるはずだった作品が2、3と作られた本当の理由が、カツローの残した物にあるように思えてならない。

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惨めな自分に泣いた時
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犬のように新聞を咥えてこいと言われた時
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とうとうあれが出てしまい、自分の後ろにいる女性に心底謝った時....







シャム双生児の分離手術ばかりをして来た男が、今度は結合手術に取り憑かれるというコンセプトで無ければまずお客は喰いつかなかったに違いないが、蓋を開けてみれば意外な所から殴りかかられ面白かった。

この映画を見て自分もムカデ人間を作りたくなったという男が主役の2作目や、囚人500人を繋げてしまうという3作目のプロットもバカパクで気になる。


次は夕飯時を避けて観ようかな......


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2016年08月31日

命と引き換えの愛なんて僕は要らない「アンナ・カレーニナ」ジョー・ライト(監督)/レフ・トルストイ(原作)/感想

この前観た映画のタイトル繋がりで、本作を観出したものの、よくよく考えたらアンナじゃなくてハンナだったと言うから、相変わらずな自分に呆れてしまう....





帝政が残る時代のロシアを舞台に、政府高官を夫に持つアンナの許されざる恋の行方を描いた作品で、題材は酷くありふれた男女の話である。しかし、チャン・イーモウ監督の「紅夢」のように、一度甘美な物を味わったが最後、失う怖さに捕らわれ醜く歪んでゆく女の描き方や、それと対照的に自分の欲望を殺して生きて来た農場主の男の堅実で慎ましやかな愛の温かみがなんとも言えない仕上がりで素晴らしかった。

なんと言っても舞台上で物語が進んでいるかのように感じさせる演出手法が巧みで、まるでテンポの良い舞台作品を観てるみたいだった(舞台裏への移動や扉の開閉、おもちゃの汽車まで使い場面転換を行っている。ステージ上で何やらやっている時に、下では男が箒で掃除中なんていう絵面まであって、ただそれだけでも愉しめる映画だった)



あまりに昔から主導権を持たない存在であるが為に忘れがちだが、日本はかつて”帝政”だった。今のように象徴としてだけの帝ではなく、実質の権力を持った帝が居たのだ。

それが辞めることさえ周囲に伺わなければままならないお飾りになってしまったのは何時からなのか?西暦794年に始まった平安時代に、藤原氏が”摂政”と言う実質の有る存在になったのが始まりだったのだろうか?

なんにしても、日本における”王様”は早くに力を失った。紀元前から20世紀まで皇帝が続いた中国や、1200年代から1900年代まで皇帝が居たロシアなど、隣国に眼を向けてもそれは明らかだ。しかしまあ、そのお陰で滅ぼされず今に至るのだから、大したものではある。もしかすると脱獄を夢見る虜囚のように、復権に向け準備していたりするのかもしれないが....



権力を持った王の時代が長い国になればなるほど、こういったスキャンダラスな出来事が歴史の中に目白押しだったりするのでしょうね。






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2016年08月15日

人は考えることで人に成る「ハンナ・アーレント」マルガレーテ・フォン・トロッタ(監督・脚本)/感想

 ブログを書くようになってから、終戦記念日であるこの時期は戦争を扱った作品に触れるようになった。銃で飢えで迫害で、数え切れない人が創作の中でも死んでゆくわけだが、1年、また1年と戦争から遠のく度、”陶酔”を含んだ内容の作品が増えて来ているようで少々残念だったりする。派手に銃弾が飛び交い、兵士の悲哀がドラマチックに描かれているのは確かに甘美なのかもしれない。でも、根本的な問題に踏み込んだ作品がもう少しあっても良いのでは無いかと思うだ。

 去年はそういう意味で実に良い作品に出会えた。塚本晋也監督の「野火」である。極限状態の人間が”思考”することの困難さ、そして、人間がいかに葛藤しようとも、世界(自然)は常に在るが儘であるということを生々しく描いた作品で、見終わった後は心底戦争は嫌だと思ったものである。今回観た「ハンナ・アーレント」からも、野火と同じく”思考”することの大事さを感じた気がした。




 相も変わらず不勉強さを露呈するだけの話だが、ハンナ・アーレントなる人物を初めて知った。ナチス統治のドイツからフランスへと亡命し、フランスがドイツに屈したせいで一時収容所暮らしになるも、夫と共にアメリカへと逃げ延びた著名な女性思想家だそうな。伝記的な本作でハンナは、他国へ亡命していたところを捕らえられたアドルフ・アイヒマンの断罪裁判を傍聴し、彼の罪を独自の解釈で記事として発表したことで窮地に立たされることになるが、彼女の主張は学の無い僕でもヒステリックな連中とは違う客観視に溢れた物だと分かる内容で、終盤大勢の前で持論を展開するシーンには釘付けになった(バルバラ・スコヴァの熱演が光る)。弾圧によって生まれた歪みを弾圧によって埋めようとする人々に悪の本質を問う勇気が素晴らしい。

 しかし、一方では理性で解決出来ない憤りを抱えた人たちの気持ちも良く分かる。いくら国を追われ、一時でも収容所に入ったことがあるとは言え、ハンナはのうのうとアメリカ暮らしの女性だ。目の前で家族をガス室に送られた人達と境遇が一緒だとは言えないだろう。客観的に思考出来たのも環境の賜物であると言われても仕方ない。思想の為に友人を失ってゆくハンナの物悲しさが、正論は人を傷つける物でしか無いのだと雄弁に語っていて、戦争はこんなところにまで葛藤を生み出すのだと、しみじみ思ってしまった。




世界最大の悪は、ごく平凡な人間が行う悪です
そんな人には動機もなく、信念も邪心も悪魔的な意図もない
人間であることを拒絶した者なのです
そして、この現象を、私は”悪の凡庸さ”と名付けました

 『悪の凡庸さ』と名付けてしまえばお洒落にまで感じる言葉だが、現代に蔓延る凡庸な悪の数々を思うと、他人事で済ませられない怖さがある。

 ルールだから

 言われたから

 いつもしているから

 そうやって思考を停止させている瞬間が誰にだってあるのでは無いだろうか?

 子供は将来の為と言われ、何に使う公式なのかも知らず解き方を学び。大人はマニュアルに無いからと手を止めて面倒な事はたらい廻し。好きでも無い、どうしてやるのかさえ分からない。ただ長年組み上げられた社会のシステムの中で生きようとして心が死んでゆく僕達は、まさにハンナの言うところの現象に囚われているのだと断言しても差し支え無さそうだ。一歩ルール作りを間違えた途端、取り返しの付か無い事態に繋がりそうで恐ろしい。こう言ってはなんだが、実に切り口の面白い戦争映画でしたね...



 あれから何十年もの時が流れた。あと30年もすれば戦後100年になる。それだけの年月が過ぎても、人間の本質はなんら変わっていないようだ。あと30年。無事大きな戦争も無く過ごせれば良いなと、小市民な僕は心底思った。
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