家族を繋ぐのに必要なのは...「万引き家族」是枝裕和(監督)/感想

僕の親ほどの世代は、子供が何かやらかすと「アンタは橋の下で拾って来た」だから云うことを聞けない子は自分の子では無いから元の場所に置いて来るよと子供の脆弱さに付け込んだ言葉を本気とも冗談とも取れない感じで利用していたものだが、今の親も似たような手法で子供に云うことを聞かせていたりするのだろうか?




親の死亡届を出さず年金を不正受給していた事件をモチーフに作られたというこの映画、下町のボロ家にぎゅーぎゅー詰めで暮らす柴田家の絆を描いたものになっていたわけだが、兎にも角にも問題児だらけで、こんな家で生活したくないなぁとまず思った。旦那を余所の女に取られた老女は死んだ旦那がかけていた年金を受け続け、その子である息子は日雇い労働すらマトモにこなさず子供に万引きをさせたり労災を目当てにしたり車上荒らしすら辞さない勢いのクズで、その妻は妻で勤め先であるクリーニング店で衣服に残されていた客の物を盗んでいたりするのだ。そりゃ子供だってマトモに育つわけもなく、妻の妹は自分の身体を見世物にして小銭を手にし、息子は学校にも行かず万引き三昧。普通に考えて誰がこんな環境で生活したいと思うだろうか?

でも、何故だろう。この金も根気も無い一家には愛だけはあるような気になってしまい、嫌いになれないどころか愛おしさばかり募ってしまったのである。冒頭彼らは”ゆり”という少女を成り行き上保護することになるのだが、あーだこーだ言いながらも少女を実の娘のように可愛がる様子は微笑ましいの一言だった。これで万引きさえ子供にやらせなければ.....それが観客の総意だったに違いない。不完全だからこそ愛を試され、葛藤に意味が生まれる。そんな物語だったかもしれない。







最初の話に戻るが、いっそ血が繋がっていない方が、余所の人の血だから仕方ないと割り切って共同生活を送っていけるだろう。なまじ血が繋がっていると他人じゃないのに何故分からないのか?という心理に陥り、自分の想いを押し付けてしまいそうになってしまう。柴田一家の子供の無垢さに甘えた生活には問題ばかりだったが、普通に暮らしているはずの我々が見失いそうになっている物を思い出させてくれたような気はした。物語は一家の全てを暴いて終わるが、何かと考えさせられる良い映画だ。

ちなみに、演技の必要すら無くなっていた樹木希林さん、相変わらずのダメ男っぷりが似合うリリー・フランキーさん、他にも駄菓子屋のオヤジ役柄本明さんなど、人生経験豊富な役者達が皆良い味を出していたが、MVPは安藤サクラさんで33歳とは思えない円熟っぷりである。心底彼女の優しさが子供達の中に残り続けて欲しいと思ってしまうほどの名演だ。


血の繋がりに頼るのは弱さ。身内など1番身近な他人であると考えるくらいが丁度良い。そんなことを改めて思う時間になった。

posted by lain at 07:20北海道 ☔映画

また中国に差を付けられたなというのが正直な気持ち「流転の地球」フラント・グォ(監督)/劉慈欣(原作)/Netflix/感想

どの国のSF映画でもそうなのだけど、世界規模の危機に際し何故か国内の人間ばかりが活躍しがち。日本も例外ではなく、どう考えても一国の技術レベルで実現不可能な大型合体ロボットを駆使して毎週日曜の朝悪の組織を迎え撃つあのシリーズも国内でばかり戦っている。アメリカ産も当たり前のように国内が舞台の場合が多いけれど、人種性別のバランスには気をつかっているし、あの国の性格上世界規模のテロだの宇宙人襲来だのの中心であってもまるで不思議には感じない。

そういった人によっては些細な問題でしかないリアリティの欠如が気になりがちである自分としては、エヴァのように各国に支部がある的な設定がほんの少しでも有るだけで気分は左右される。本作も一応多国籍なモブキャラは出ているし、世界中で同じような苦境を乗り越えようとしているのが伝わる描写はあるものの、重要なことを左右するのはやっぱり中国人で、こんな大変なことがあったけれど、これからも中国は偉大な国家と人民が一丸となって生き抜いていく的なニュアンスの締めくくりを見せるのが、ちょっぴり残念だったかもしれない。映画は映画会社やスポンサーが口出しするとロクなことにならないが、国家が口出しするともっとロクなことにならない。実際国からの影響があったのか、原作通りなのかは分からないものの、少なからずプロパガンダとして機能している点があることを無視出来なかった。




どうやら太陽の寿命が尽きるのが近いらしいことが分かり、地球ごと他所に移動させてしまおうという壮大なプロジェクトがスタートするも、木星の引力の影響で地球を動かしていた1万基におよぶエンジンが停止してしまい、このままだと木星にぶつかってしまうぞという実にSFらしい壮大さとピンチの演出が普通によく出来ていて、馬鹿でかいエンジンや凍てついた上海等のVFXもかなりの代物。一万基の光が生み出す帯を従えながら宇宙を征く地球の姿は本当に綺麗だった。

地球をナビゲートするステーションへ行ったまま帰らない父への愛憎を募らせていた少年が地球を救う一計を思いつくという出来すぎ具合にはまあ目を瞑るとして、まるで世界中のお偉方の意向が見えて来ないのには「ん?」と思ってしまった。もう一人の主役とも言える主人公の父が、息子達の作戦を確実なものとするため孤軍奮闘している時に、人類の代表のような人間とのやり取りをするシーンはあったが、物分かりが良すぎてまるで現実味がなかった。ステーションのAIすら無理と断言する作戦に、とりあえず自分たちの安全が確保出来るならという前提を口にしないのはあり得ないのではなかろうか?


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まあなんにせよ、なにかと引っかかるものはあったが、概ね面白い映画ではあった。日本でもし同じプロットを映画化しても、こうはならないだろう。確実に中国のSF映画は前進していると認めざる得ない。もう日本映画は予算やVFX技術で勝負するのは無理だろう。現に海外で評価される日本映画は秀逸なヒューマンドラマを持つ作品ばかりである。無駄に金をかけて役者に格好悪いコスプレをさせる暇があったら、着飾りを捨てた抜き身の心を切り取ってフィルムに収めた方がよほど良いように思う。


それとも、まさかの日本のSFが世界を席巻するような時代が来たりするのだろうか?.......ナイナ(ヾノ・∀・`)ナイナイ

posted by lain at 21:08北海道 ☔映画

作るにはお金以上に必要なものがある「ラ・ラ・ランド」デミアン・チャゼル(監督)/感想

※ネタバレる






なんでラ・ラ・ランドなのか全く分からなかったが、久々にアメリカはでかい国だと思った。




撮影場のカフェで働く冴えない役者の女と、昔ながらのジャズを後生大事にしている偏屈男が、最悪の出逢いをきっかけに男女の関係となるも、夢と現実に2人の甘い生活は翻弄され、最終的には別々の道を歩むことになるまでを描いた、ただそれだけのことなのに、なんだかとても濃密な時間を共有した気分になれる良い映画だった。少々女性に都合の良い話ではあるように思うものの、女性より男の方がロマンチストであることを如実に表現しており、どちらかを一方的に断罪するように扱っていない点も好印象。

ただ、冴えない役者の女性がアメリカの派手な空間(プールサイドでのパーティなど)に疎外感を感じている辺りには、凄くアレルギー反応が出てしまった。結局自分に自信が無いからそういった場を楽しめていないだけなのであって、本当はパーティを楽しみたくて仕方ないという気持ちが内面から溢れかえっていたのが嫌で嫌で仕方なかったのだ。

彼女は役者として成功し、自分が憧れた存在になるわけだが、まるでそんなものを素敵だとは感じなかった。むしろ愛する者のために始めた仕事が楽しくなってしまって大切なことを忘れかけた男が、再び夢の場所に立ち返る姿こそ輝いて見えた。女には女の、男には男の答えがあるものだとしみじみ考えさせられた。



何処にでもあるプロットが、ここまで光り輝いた理由は、ミュージカル要素と、淀みのない長回しの数々のお陰だろう。実際にハイウェイを封鎖し、CGで増やすなんてことはせず本物の車と人を山ほど配置して息の合ったパフォーマンスを披露する冒頭だけでも圧巻なのに、その後も様々な長回しで飽きる暇を観客に与えない演出の数々には痺れっぱなしだった。主演の2人も相当な練習時間を経て撮影に挑み、何度となくNGを繰り返したに違いない。ジャズ好きのピアニスト男を演じるライアン・ゴズリングの演奏シーンもかなりの迫力で、元からミュージシャンである彼であってもジャズを本気でやるのは大変だったはずなのに、素人目には完璧なジャズピアニストにしか見えなかった。

海外の映画で、こういった役柄を見かけていつも思うのは、今の日本にこんな多才な役者は居ないなということ。どれだけ練習を重ねた役者でも”はいよくできました”という子供を親が褒める程度の感慨しか湧いたことがない。日本映画のほとんどは予算がないから(ない割に人気のアイドルを起用し、無駄にCGを使う金はある)製作期間も短く設定し、役者が本気の役作りを目指す暇すら与えない場合が多過ぎる。話題性ばかりを追い求め、中身はすかすかという映画を作り、自らの手で自分の首を絞めている邦画業界には草も生えない。

是枝監督の「奇跡」で、母方のおじいちゃんが和菓子を作る場面ひとつとっても分かるように、練習をしっかり重ねた動きは見ていて気持ちが良いものだ。ラ・ラ・ランドの小気味の良さは、そうした地道なものの積み重ねが生み出したものだったと思う。日本映画はお金も時間も人も確かに思い通りにならないかもしれない。だからと言って作り込みを諦めるのは違うのではなかろうか?





もういい加減、素晴らしい日本人監督が海外の映画賞で成功しないと知名度が上がらないような環境は終わって欲しい。儲かるのが確定しているような駄作を放映するより、支配人が個人的に好きな映画をプッシュする映画館が地方にも欲しい。そうすれば小粒でもラ・ラ・ランドに負けないくらいの作品が日の目を見る機会が増えるはずだ。「カメラを止めるな!」だって、情熱に溢れた映画館と映画好きの後押しがあったお陰で、地方でも観れた作品なのだから。


posted by lain at 22:00北海道 ☔映画