また中国に差を付けられたなというのが正直な気持ち「流転の地球」フラント・グォ(監督)/劉慈欣(原作)/Netflix/感想

どの国のSF映画でもそうなのだけど、世界規模の危機に際し何故か国内の人間ばかりが活躍しがち。日本も例外ではなく、どう考えても一国の技術レベルで実現不可能な大型合体ロボットを駆使して毎週日曜の朝悪の組織を迎え撃つあのシリーズも国内でばかり戦っている。アメリカ産も当たり前のように国内が舞台の場合が多いけれど、人種性別のバランスには気をつかっているし、あの国の性格上世界規模のテロだの宇宙人襲来だのの中心であってもまるで不思議には感じない。

そういった人によっては些細な問題でしかないリアリティの欠如が気になりがちである自分としては、エヴァのように各国に支部がある的な設定がほんの少しでも有るだけで気分は左右される。本作も一応多国籍なモブキャラは出ているし、世界中で同じような苦境を乗り越えようとしているのが伝わる描写はあるものの、重要なことを左右するのはやっぱり中国人で、こんな大変なことがあったけれど、これからも中国は偉大な国家と人民が一丸となって生き抜いていく的なニュアンスの締めくくりを見せるのが、ちょっぴり残念だったかもしれない。映画は映画会社やスポンサーが口出しするとロクなことにならないが、国家が口出しするともっとロクなことにならない。実際国からの影響があったのか、原作通りなのかは分からないものの、少なからずプロパガンダとして機能している点があることを無視出来なかった。




どうやら太陽の寿命が尽きるのが近いらしいことが分かり、地球ごと他所に移動させてしまおうという壮大なプロジェクトがスタートするも、木星の引力の影響で地球を動かしていた1万基におよぶエンジンが停止してしまい、このままだと木星にぶつかってしまうぞという実にSFらしい壮大さとピンチの演出が普通によく出来ていて、馬鹿でかいエンジンや凍てついた上海等のVFXもかなりの代物。一万基の光が生み出す帯を従えながら宇宙を征く地球の姿は本当に綺麗だった。

地球をナビゲートするステーションへ行ったまま帰らない父への愛憎を募らせていた少年が地球を救う一計を思いつくという出来すぎ具合にはまあ目を瞑るとして、まるで世界中のお偉方の意向が見えて来ないのには「ん?」と思ってしまった。もう一人の主役とも言える主人公の父が、息子達の作戦を確実なものとするため孤軍奮闘している時に、人類の代表のような人間とのやり取りをするシーンはあったが、物分かりが良すぎてまるで現実味がなかった。ステーションのAIすら無理と断言する作戦に、とりあえず自分たちの安全が確保出来るならという前提を口にしないのはあり得ないのではなかろうか?


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まあなんにせよ、なにかと引っかかるものはあったが、概ね面白い映画ではあった。日本でもし同じプロットを映画化しても、こうはならないだろう。確実に中国のSF映画は前進していると認めざる得ない。もう日本映画は予算やVFX技術で勝負するのは無理だろう。現に海外で評価される日本映画は秀逸なヒューマンドラマを持つ作品ばかりである。無駄に金をかけて役者に格好悪いコスプレをさせる暇があったら、着飾りを捨てた抜き身の心を切り取ってフィルムに収めた方がよほど良いように思う。


それとも、まさかの日本のSFが世界を席巻するような時代が来たりするのだろうか?.......ナイナ(ヾノ・∀・`)ナイナイ

posted by lain at 21:08北海道 ☔映画

作るにはお金以上に必要なものがある「ラ・ラ・ランド」デミアン・チャゼル(監督)/感想

※ネタバレる






なんでラ・ラ・ランドなのか全く分からなかったが、久々にアメリカはでかい国だと思った。




撮影場のカフェで働く冴えない役者の女と、昔ながらのジャズを後生大事にしている偏屈男が、最悪の出逢いをきっかけに男女の関係となるも、夢と現実に2人の甘い生活は翻弄され、最終的には別々の道を歩むことになるまでを描いた、ただそれだけのことなのに、なんだかとても濃密な時間を共有した気分になれる良い映画だった。少々女性に都合の良い話ではあるように思うものの、女性より男の方がロマンチストであることを如実に表現しており、どちらかを一方的に断罪するように扱っていない点も好印象。

ただ、冴えない役者の女性がアメリカの派手な空間(プールサイドでのパーティなど)に疎外感を感じている辺りには、凄くアレルギー反応が出てしまった。結局自分に自信が無いからそういった場を楽しめていないだけなのであって、本当はパーティを楽しみたくて仕方ないという気持ちが内面から溢れかえっていたのが嫌で嫌で仕方なかったのだ。

彼女は役者として成功し、自分が憧れた存在になるわけだが、まるでそんなものを素敵だとは感じなかった。むしろ愛する者のために始めた仕事が楽しくなってしまって大切なことを忘れかけた男が、再び夢の場所に立ち返る姿こそ輝いて見えた。女には女の、男には男の答えがあるものだとしみじみ考えさせられた。



何処にでもあるプロットが、ここまで光り輝いた理由は、ミュージカル要素と、淀みのない長回しの数々のお陰だろう。実際にハイウェイを封鎖し、CGで増やすなんてことはせず本物の車と人を山ほど配置して息の合ったパフォーマンスを披露する冒頭だけでも圧巻なのに、その後も様々な長回しで飽きる暇を観客に与えない演出の数々には痺れっぱなしだった。主演の2人も相当な練習時間を経て撮影に挑み、何度となくNGを繰り返したに違いない。ジャズ好きのピアニスト男を演じるライアン・ゴズリングの演奏シーンもかなりの迫力で、元からミュージシャンである彼であってもジャズを本気でやるのは大変だったはずなのに、素人目には完璧なジャズピアニストにしか見えなかった。

海外の映画で、こういった役柄を見かけていつも思うのは、今の日本にこんな多才な役者は居ないなということ。どれだけ練習を重ねた役者でも”はいよくできました”という子供を親が褒める程度の感慨しか湧いたことがない。日本映画のほとんどは予算がないから(ない割に人気のアイドルを起用し、無駄にCGを使う金はある)製作期間も短く設定し、役者が本気の役作りを目指す暇すら与えない場合が多過ぎる。話題性ばかりを追い求め、中身はすかすかという映画を作り、自らの手で自分の首を絞めている邦画業界には草も生えない。

是枝監督の「奇跡」で、母方のおじいちゃんが和菓子を作る場面ひとつとっても分かるように、練習をしっかり重ねた動きは見ていて気持ちが良いものだ。ラ・ラ・ランドの小気味の良さは、そうした地道なものの積み重ねが生み出したものだったと思う。日本映画はお金も時間も人も確かに思い通りにならないかもしれない。だからと言って作り込みを諦めるのは違うのではなかろうか?





もういい加減、素晴らしい日本人監督が海外の映画賞で成功しないと知名度が上がらないような環境は終わって欲しい。儲かるのが確定しているような駄作を放映するより、支配人が個人的に好きな映画をプッシュする映画館が地方にも欲しい。そうすれば小粒でもラ・ラ・ランドに負けないくらいの作品が日の目を見る機会が増えるはずだ。「カメラを止めるな!」だって、情熱に溢れた映画館と映画好きの後押しがあったお陰で、地方でも観れた作品なのだから。


posted by lain at 22:00北海道 ☔映画

クロスオーバー作品の豊富さより、VR社会の怖さが身にしみた....「レディ・プレイヤー1」スティーヴン・スピルバーグ(監督)/感想

僕はここ10年の間に、ゲームに対するアプローチがガラリと変わった。

それまではストーリーを味わえる作品以外、あまり長時間遊ぶことが無かったのが、時流に乗ってマルチ対戦専用のゲームを遊ぶようになると、時間の無駄と切り捨ててきた基本無料ゲームにまで手を出すようになり、今ではすっかり日常生活を圧迫するようになっている。


そうした現状に甘んじている理由としては、普通に”飽きた”が挙げられるかもしれない。キャラクターに依存し、何処かで味わったような展開に終始するJRPG。独自のゲーム性を追求する気も無ければ、ハードの性能を引き出す気も無い版権頼みなタイトル。どれほどリアルに作り込まれた映像美の世界とレベルデザインであっても、結局は”おつかい”でしかない箱庭ゲー。どれもこれもすっかり遊び過ぎて疲れ果ててしまった。

マルチ対戦だって疲れはするが(主に人間関係)、相手がCPUでない分眠気とは無縁で、仕事疲れの社畜を活性化させるのには一役買ってくれるし、無料ゲームも過剰な課金さえしなければ、フルプライスゲームを当たり前に買うよりお得に遊べ、キャラの育成とストーリーを長期に渡って楽しめる。もしかすると心身とお金の自由がきかなくなってきた人間らしい方向転換なのかもしれない。



そんな飽きが進行したおじさんにとって、VRは新たな体験の場として唯一に近い希望なわけだけれど、確かにVRが普及した場合本作のように廃人だらけの社会を作り出す可能性は否定出来ない。というか、今現在既に、僕らはゲーム会社の奴隷も同然ではあるが......






トレーラーハウスにもほどがあるような、多層構造を織りなすスラム街で暮らす主人公ウェイドが、オアシスという仮想世界を作った創始者の遺したイースターエッグを仲間と共に次々と見つけ、遺産とオアシスを独占してプレイヤーから甘い汁を吸い尽くそうとする運営を打ち負かすという内容だったわけだが、兎に角企業のやり口がえげつなく、オアシスにどっぷり浸かっている(貧乏だからゲームの世界だけでもと夢中になるのか、ゲームに夢中だから貧乏なのか分からなくなるほど)人々の実生活の見窄らしさが心に残った。いくらイースターエッグの謎を解いたら創始者の遺産が全て手に入るとはいえ、誰も彼も現実の自分を置き去りでゲームをしているのは流石になと思った。自分もVRを遊んでいるとき、相当滑稽なんだろうと考え出したら虚しくなった。

VRでの体験がリアルになればなるほど、現実が疎かになるのは自明かもしれない。本作のようなセンサーの塊であるスーツ等を装着し、仮想空間からのフィードバックを直に肌で感じられるだけでなく、もしも脳へダイレクトに干渉出来るVR装置が一般化されるようになったとしたら、レディ・プレイヤー1なんて目じゃ無いほどディストピアへ真っしぐらな気がしてならない。五感すべてが現実に感じられるようになったら、空腹も感情も何もかもコントロール出来てしまうから、死ぬまでゲームをやり続けることだろう......





本作は最後に現実世界での体験は大事だと説いて終わるが、いつの日か生身など重荷でしかないという時代が来てもおかしくはない。ただし、SNSやマルチ対戦ゲームを利用する人なら解るだろう。どんな場所に逃げ込んでも人間相手に何かをする以上、嫌な目からは逃れられないのも事実。仮想空間が現実にとって変わる日が来ても、人が人を辞めない限り同じことの繰り返しだ。

これからは本当にVR一色になりそうな予感がする。それを堕落と処断する人々も増えるだろう。僕らは上手くVRと付き合っていけるのだろうか?

その答えはスピルバーグにも分からない。






せっかく日本人にも馴染み深いキャラや乗り物が山ほど登場し盛り上げてくれたというのに、しょーもないことばかり気にしている男である。版権料にいくら使ったのかも知りたくてたまらない。

僕はウェイドではなく、彼を排除したがっている運営の男にしかなれないだろう。歳はとりたくないものだ.......
posted by lain at 07:02北海道 ☔映画