”リアル” ”面白い” そういう言葉で説明出来ない映画だった「ダンケルク」クリストファー・ノーラン(監督・脚本)/感想

人間は生きるうえで必要以上のエネルギーを消費している。

生存に必要な住処と食べ物だけでは飽き足らず、電力が必要な電子機器を多用し、化石燃料を使う乗り物を重用する。地球規模で気候が変動しようと御構い無しだ。


そして、人類のエネルギーの無駄遣いの最たるものが戦争だろう。戦争に必要な技術はお陰で進歩したが、失った”もの”の方が遥かに多く建設的とは言い難い。なにせ相手の文化をぶち壊すどころか、自分たちの文化を深めるための資産や時間すら浪費してしまうのだから。戦争など無い方が良いと思っている人の方が多いと信じたいが、人間は自分で経験しないと心底は理解しない生き物であるし、生き証人が死んで行けば、戦争の悲惨さなど直ぐに薄らいで、気に入らない連中を暴力でもって黙らせようとなるのは避けられない。先人が経験した全てを、まるで機械のようにまるっと引き継ぐことができたなら、今頃戦争など根絶出来ているだろうか?

今のところ、結局人間は”ケダモノ”なのだと言わざる得ない。






そんな抗い難い人間の性が露わになるシチュエーションであるからこそ、戦争は映画においても散々ぱら調理されて来た。戦いの高揚感を煽るもの、焦燥感に明け暮れるもの、必要以上に恐怖を植え付けるもの、大自然の前では戦争など児戯に過ぎないと知らしめるものなど、枚挙に遑がない

では、ダンケルクが描いた戦争とはなんだったのか?



フランスとイギリスの連合軍が第二次大戦時に30万人規模の撤退を成功させた史実を元に作られた本作は、陸海空それぞれにスポットをあて、正義や信念といったねちっこい物は強調せず、あくまでも淡々と生き残ろうとする者達を描いていく。戦争映画によくある煽るようなBGMも少なく、独特の雰囲気作りのせいで緊迫した場面でも手に汗握るようなこともなく、よく出来た再現ドラマを見ているような印象を受けた。ぶっちゃっけ娯楽要素は薄い。

それほど強調されていない中でも、最後まで撤退を指揮するおじさんや、燃料切れになった後も敵機を落とす戦闘機乗りなどが格好良く描かれているし、苦肉の策に思えなくもない時系列を前後させる演出も相まって、 飽きることなく鑑賞出来たものの、無謀な作戦の末、装備や兵器を置き去りにして命からがら逃げ出しただけのことを少し良い話風に仕上げたことがピンと来なかった。敗残兵である自分達を国の人達はどう考えているのか不安なまま帰国した彼らが、思わぬ祝福に喜ぶ姿にもリアリティを感じなかった。そんな浮かれた雰囲気を空々しく受け取る姿こそ僕は見たかったのだろう。

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何をもってリアルとするかは難しい。僕が求めるものだって希望的観測に過ぎないから。

だから戦闘機が美しい映画として勝手に記憶しておくことにした。自動追尾など一切ない古い飛行機で燃料切れなど御構い無しに味方を助けた飛行機乗りの美しさだけで十分満足のいく映画で間違いない。

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posted by lain at 07:19北海道 ☔映画

メカや絵作りに関しては言うまでもなく素晴らしかったから何も書かない「ブレードランナー 2049」フィリップ・K・ディック(原作)/ドゥニ・ヴィルヌーブ(監督)/リドリー・スコット(製作総指揮)/感想

※ネタバレもあります




大昔から生命としての定義付けが難しい存在の物語は作られて来た。継ぎ接ぎの歩く死体、時を飛び越える驚異の鉄屑、愛らしいゴミ掃除係、挙げだしたらキリがない。

そんな中でも、ブレードランナーに登場する人では無い者達”レプリカント”の物語は格別で、人間よりも遥かに知能も身体能力も上回るレプリカント達が、自らに課せられた運命を呪い、足掻き苦しむ唯一無二の哀愁を僕らに刷り込んできた。


しかし、続編も同じように素晴らしい映画に仕上がるとは限らないわけで、2049が公開された時、劇場には脚を運ばなかったのだが、こうしてBDで鑑賞した今となっては、正直言って失敗したなぁと思っている....





舞台は前作から30年後の地球。環境は悪化の一途を辿っている。主人公はレプリカントでありながら同族を処理するブレードランナー。人間からは勿論のこと、レプリカントからも蔑まれる孤独な毎日。彼はいつものように逃げ出した旧式のレプリカントを処理するのだが、その現場で出産痕が残るレプリカントの遺体が収納された箱を見つける。子供の存在を隠蔽したい者、利用したい者、それぞれに翻弄されながら主人公は自分のルーツを追い求めるのだが......




物語としては目新しいことが一切ない。明らかにレプリカントより劣るくせに優位性を誇示する人類と、虐げられても人間に尽くすレプリカントとの関係性は親と子のそれであり、子供の成長と自らの衰えを受け入れられない自尊心の塊のような親と子の拗れたドラマそのものだった。いっそSFでなくとも描ける内容ではある。

でも、ブレードランナーの世界観で演るからこそ、唯一の優位性を失うかもしれないとなった時の人の惨めな姿や、その惨めな存在の言うことを聞かなければならない者の悲哀が浮き彫りになっているのも確かで、なんとも言えない生々しさが重苦るしくも切なかった。作り物である主人公がAIの女性を心の拠り所にしているのなんて、皮肉過ぎて他人事に思えない.....







最後まで貧乏くじを引く主人公だったが、自分が選ばれた存在ではないことが分かっても、前作の主人公であるデッカードを選ばれし娘の元に連れていってやる良い男だった。

彼はあのままどうなったかは分からない。おそらく死んだのだろう。

もしも更に続編が作られるとしたら、彼はもう一度命を手に出来るのだろうか?.....
posted by lain at 07:22北海道 ☔映画

幸せになって欲しい人が幸せになってくれる良い映画「シェイプ・オブ・ウォーター」ギレルモ・デル・トロ(監督)/感想

今日が何の日が知らないが、昨夜は今日が紅い日だと思ったお陰で映画館に行く気力が湧いた。

雪解けと一緒に心にも余裕が生まれて来たようだ。




舞台は冷戦。人々はスクリーンの向こうのスターや車に憧れ、宇宙への期待も相俟って革新の日々を謳歌していた時代。主人公は幼い頃から発声に障害を持つ女性イライザ。映画館の上の部屋を借り、優しさのない目覚まし時計で夜中に目覚め、シャワーを浴びながら自分を慰み、ゲイの隣人に食事を用意し、ゆで卵を持ってバスに乗り航空宇宙研究センターの掃除へ行く。

そんな毎日の繰り返しのなか、感じの悪い軍人と共に大きな容器が運び込まれる。どうやら見たこともない生き物が入れられているようだと、興味を抱いたイライザは周囲の目を盗んでは生き物に会いに行き、”彼”との間に確かな信頼関係を築いてゆくのだが、ロシアとの競争の道具としてしか彼を見ていない者達によって甘い時間が奪われそうになり、彼女は大きな決断を下すことになる...





まず最初に「これは本当にギレルモ・デル・トロ映画なのか?」と思った。唯一人間ではない”彼”以外に日常から外れた存在はいないし、悪魔も昆虫も巨大ロボも登場しないのである。それどころか心理描写が詩的ですらあって、まるで一編の美しい寓話を読んでいるかのようだった。いつものB級を期待して観に行ったら大火傷した、なんていうお客さんも居そうな気がする。

今回の作品で初めてアカデミー賞の作品賞に輝いたデルトロ監督は、長年抱いてきた劣等感を隠そうともせず喜んでいた。それもそうだろう、自分の見せたくない(見せにくい)物まで包み隠さず投入して撮った映画なのだ。本作の主要な登場人物達は、軒並み認めてもらいたい相手に存在を認めてもらえない人ばかりで、所詮掃除婦としてしか見てもらえないイライザ達は勿論のこと、精一杯の背伸びが蹴散らされるゲイの隣人や、ある意味被害者でもある軍人の男の報われなさまで含め、デル・トロ監督の気持ちが反映された存在だった。

ただ泣かせようとか、驚かせようとか、そういう理由で撮った作品とは訳が違う。切実な想いをそのまま紡いだ作品なのである。お陰で僕は、けして醜いわけではないが、美人とは言い難いヒロインと、見た目で拒絶されそうな存在との恋を応援したくてたまらない気持ちになっていた。これが美男美女の取り合わせだったら、こんな気持ちにはならなかっただろう。憐れみとか同情というのはけして褒められた感情ではないかもしれないが、自分と同じ、もしくは見た目だけは自分より醜いかもしれない存在が報われる光景こそ、現代人が本当に求めるものなのではないかと思ってしまった。





どうしても僕ら人間は見た目が先になってしまう。本当は凄く気持ちの優しい人だとしても見た目が恐ければ誰も近寄らないし、心が乙女でも見た目が老人のゲイに好意を持たれても拒絶しておしまい。でも、だからこそ、”そんな”存在が報われる絵には価値がある。何より見た目が綺麗な者(物)が中身も綺麗でしたというのは少々飽きた。

人間の男に絶望してる女性達は是が非でも本作を観に行った方が良い。

これぞ本当の美女微女と野獣だ。





posted by lain at 11:49北海道 ☔映画