2015年05月28日

ハードボイルドというより、ソフトボイルドかもかも「暗闇・キッス・それだけで」森博嗣(著)/集英社

 僕は本を読む人間としては非常に偏っていて、更にその量も少ない。

 だから「これがハードボイルド!」と、いう定義は僕の中で一つしかありません。

 そう、亡き”打海文三”ティストです。



 具体的に打海文三さんの文の何処がハードボイルドなのか?と聞かれたら、直ぐには上手く言えないけれど、少なくとも余計なことはにしない、女子供相手でも時に冷淡になれる、格好つけたがる自分の愚かさを痛いほど理解してるような、救い難い、でも放っておけない魅力が満載な男達が主人公であるところは間違いなくハードボイルドだった思う。

 それに対して森博嗣さんだが、今回ハードボイルド作品「ゾラ・一撃・さようなら」の続編として刊行した「暗闇・キッス・それだけで」は、ハードボイルドと歌いながらもいつもの森博嗣節に収まったような気がする。




”大学在籍中にコンピュータのインタプリタを作製、休学してソフトウェア会社を創 業、1980年代にコンピュータ業界で不動の地位を築いた、IT史上の伝説的存在ウィ リアム・ベック。会長職を譲り、第一線から退いたウィリアムは現在、財団による 慈善事業に専念している。探偵兼ライターの頸城悦夫は、葉山書房の編集者兼女優 の水谷優衣から、ウィリアムの自伝を書く仕事を依頼され、日本の避暑地にある彼 の豪華な別荘に一週間、滞在することになった。そこにはウィリアムだけでなく、 その家族や知人、従業員などが滞在していた。
ところが、頸城が別荘に着いた後、思いもかけない事件が発生する。警察による 捜査が始まるが、なかなか手がかりをつかむことができない。そんな中、さらなる 悲劇が……。取材のために訪れた頸城は、ウィリアムの自伝執筆の傍ら、この不可 思議な殺人事件にも関わることになる。果たして、事件は解決できるのか。
by Amazon内容紹介



 何処か軽薄でマイペース、でもちょっぴり内に闇を抱えた主人公”頸城悦夫”より、スカイ・クロラの”カンナミ・ユーヒチ”の方がハードボイルドな奴に思えて来る。

 基本的に視野が狭いのがハードボイルド作品の主人公な気がします。コレしか生き方が無いと、別の選択肢に気づか無いのか気付きたく無いのか、一つだけ譲れ無い物の為に命を懸けようとするような男のことです。悦夫は残念ながら、かなり柔軟な男。これは森博嗣さん自身がそういう方だからと言うのが大きいのかもしれない。

 ただ、これはこれでハードボイルドなのかもしれないと思わなくもない。主人公の性格だけではなく、ストーリーの全体像を見るとぼんやりとそう思えて来ます。僕が知らないだけで、色んなハードボイルドが世の中にはあるでしょうしね。あまり「これだ」と決めてかかって本書を手に取らなければ、十分に森博嗣ワールドを楽しめる内容だと思います。




 兎に角今回の続編は間が開き過ぎたのが痛かった気がします。

 前作が7年前じゃ、ストーリーどころか登場人物でさえうろ覚えです。

 次はもっと早く出してくれるそうなので期待していましょう( =3=)v


暗闇キッス(*//ω//)




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posted by lain at 06:31 | 北海道 ☔ | Comment(0) | 小説 森博嗣 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2015年05月18日

純粋な華は血を欲す「サイタ×サイタ」森博嗣/講談社

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『「キレイニサイタ」「アカクサイタ」謎めいた犯行声明をマスコミに送りつける連続爆発事件の犯人、通称・チューリップ爆弾魔。その犯行が報道される中、SYアート&リサーチに持ち込まれた奇妙な素行調査。対象者―佐曾利隆夫に以前の同棲相手へのストーキング疑惑が浮上する。張込みに加わったバイトの永田絵里子は、佐曾利を尾行中、爆弾事件に遭遇する。そして第一の殺人事件が!』
byBOOKデーターベース






 簡潔に言うと、歪な愛情表現しか出来無い哀しい男の物語で、打海文三さんの作品によく出て来るようなハードボイルドの香りを犯人に感じました。いつも通り、犯人のしでかしたことの正否や動機を「こうかもしれない」に留めているから、あれこれと犯人の背景にドラマを思い浮かべてしまう為なかなか良い読後感です。

 この作品の犯人だけに言えたことでも無いですが、真っ直ぐな価値観を持っている人は、その一途さ故に傍目からは怖かったりするものの、ほんの僅かだとしても僕らに「いいな」と思わせるだけの格好良さがあり、善悪を法や個人の価値観で測ることの危うさ無意味さを幾度も綴って来た森博嗣さんが、そういった人種を書くのだから、僕のような読者は自然と気に入ってしまうはず。



 後はそう、このシリーズの感想で何度も書いていることだけど、中年女性"小川"のしっかりしていそうで抜けている可愛らしさや、抜けているようでしっかりしてる”真鍋”くんの飄々とした感じであるとか、森博嗣キャラの独特なバランス感覚が好きでたまらない。

 今回は探偵事務所の親分である椙田さんこと保呂草さんの出番がほとんど無かったが、社員1名とバイト2名と社外要員1名のやり取りは美味しかった。そろそろ真鍋くんと永田さんの関係が出来上がっても良さそうではあるが、きっとその辺りのことは二人共鈍いんだろうなぁ...小川さんがヤキモキする気持ちが痛いほど良く分かる。





 泣いても笑っても次がシリーズ最後だと言う。

 ”あの人”が関係した事件が起きるのか?

 保呂草潤平はこれでお役御免なのか?


 僕やファンが望んだところで叶うわけも無いけれど、出来る事なら保呂草さんが絡む作品をこれからも定期的に出して欲しいものだ。「黒猫の三角」の頃より前のレトロな探偵物の主役にどうでしょうか?

 彼が泥棒を始めるきっかけになったエピソードとか織り交ぜて行くと面白そうじゃないですか?|Θ' )




 そうだ、ついでだから本気でハードボイルドを狙った「ゾラ・一撃・さようなら」の続編である「暗闇・キッス・それだけで Only the Darkness or Her Kiss」を続けて読むことにしよう。



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2015年05月05日

何処かに有りそうで、やっぱり無いのが人生の答え「マインド・クァンチャ」森博嗣/中央公論新社

 実に幸せな読後感であります。別に自分がその境地に達したわけでも無いのに、とうとう旅の終着を迎えたゼンノスケを見ていたら、清々しい気持ちでいっぱいになりました。

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※刊行された4月に相応しい素晴らしさ。こんな写真撮りたい...




 主人公であるゼンノスケが、育ての親を失い山を降り、様々な人々と出逢い、剣を振るいながら自分探しの旅を続けることとなる”ヴォイド・シェイパ”シリーズ第5弾にして、ほぼ完結編だと言って差し支えない本書。なれば最初の巻から読むが吉であると考えるやもしれませんが、森博嗣さんがよく口にしている通り、本書単品から読んでも楽しめる王道時代劇になっていたと思います。

 しかも今回は、まさかの記憶喪失という展開でありますから、なおのことシリーズを知らない人に相応しかった。大事なことも、嫌なことも、何もかも忘れてしまった主人公の記憶の回復と共に、このシリーズの楽しみ方を感じ取って行けるはず。


 美しい物ばかりを見ていたら、何が美しいのか分からなくなってしまうような気もするけれど、とことん研ぎ澄ました美しさなら、何度眼にしてもなかなか飽きはしません。しかもそれが現在進行形で深みを増している森博嗣作品であれば尚更であります。

 森博嗣さんの綺麗な言葉選びは、時に冷淡で心を抉り取るけれど、あえて言葉にしないことで伝わる優しさもある。特に都会から離れ、森の中へと越してからというもの、言葉から自然と溢れる温もりが増した。気がする。

 面倒。無駄。と言いつつも、他者との歩調を合わせる心遣いも分かり易くなったと思うし、良い意味で角が取れて、作家としても人間としても、熟成されて来たのではなかろうか?「暮らしの手帖」74号にて漏らした本音も以前の森さんなら文字にしなかったかもしれない。





 もう少しで本書を読み終えそうだと思っているうちに、お昼の陽気に誘われ居眠りをして夢を見ました。

 どこかの高校らしいところへたどり着き、そこかしこで学生の軽薄そうな声が響いている。誰に導かれるでもなく、とある部屋へと入ってゆくと、周囲の人々が期待の眼差しを僕に向け、口々に意味不明な言葉を投げ掛けて来る。僕は場違いなところへやって来た迂闊さを恥じて居ても立ってもいられず、廊下へと走って逃げ出した。しかし大勢追って来る。足の速さも僕よりも俊敏だ。そうしてやっぱり捕まったところで目が覚めた。

 ほんの数10分の睡眠ではあったけれど、己の器の小ささを思い出すには十分な長さの夢でした。


 本を読んだからと言って、僕の本質は変わらない。もしかしたら変わっているのかもしれないけれど、言葉にして表すような変化を認知出来ません。でも、その変われないということを知るのは大事なことだと思います。それを理解出来ずに変わったつもりになって生きていたら、恥を恥と知る機会を失ってしまう。知っていれば、変われないにしても、ある程度苦手な物事に対処し易くもなります。

 本を読み終えた時の満足感は、雨上がりの虹やオーロラのように、直ぐに消えてしまうような代物かもしれないが、そこで感じた事は何かの拍子に頭の中へ蘇ることもある。森作品は美しい詩的な内容だけではなく、色んなところへ興味が動き、それに伴い様々な問題提起がなされるから大いに考えさせられ記憶の奥底に残ります。しかも、答えを与えるのではなく、それぞれがどう思うか?を大事にしているのがまた良い。”作家”として先生と呼ぶのと同じくらいに、”教師”として先生と呼びたくなるのが森博嗣先生であります。






 ヴォイド・シェイパシリーズは、本当に本当の王道なので、単純にセリフやストーリーの筋道だけを拾って映像化してしまったら、正直普通の時代劇になってしまい、大事な物が全て抜け落ちてしまうのでは無いか?そんな風に思うほど、ゼンノスケの思考連鎖が面白い作品でした。

 今のところ、森作品を映像化して原作を超える、もしくは肩を並べた作品は見当たら無いですし、止めておいた方が良いとさえ思うものの、また漫画化やアニメ化の企画が進行中だそうな。



 もしもこのシリーズまでもが、何かしらの媒体で映像化されたら、こわいながらも通りゃんせと見てしまうのかな.....
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posted by lain at 16:46 | 北海道 ☔ | Comment(0) | 小説 森博嗣 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする