2017年07月29日

人を騙すにも礼儀ってのがあるらしい「ダマシ×ダマシ」森博嗣/講談社/感想

『結婚』

てなんだろうか?何度そう思ったかしれない。

心や身体の寂しさを埋めるため?それとも体面?

なんにせよ、僕は身内にろくな結婚した人が居ないから、相変わらず良いイメージは皆無だ。




その昔の結婚は、もっと義務的な意味合いが強く、今のように自由に結婚してあっさり離婚なんてことは稀だったようだし、相手選びも女性に不利だった。

ただ、男女に不公平があったからと言って、必ずしも当時の女性達が不幸だったかどうかは分からない。いくら自分から恋に落ちた相手と入籍出来たとしても、毎日のように一緒に過ごしていたら許せないことの一つや二つ見つかるし、いやいやながら結婚したとしても年月を経てば自然と情が湧くことだってざらだ。

うちの親は恋愛結婚ののち、毎日のように喧嘩(怒号、涙、無言)を繰り返して来たが、互いが昔ながらの体面を気にする性格だったため、離婚に至らず紆余曲折を経て丸く収まった。要するに、どんな出会いだったとしても、なんとかなる時は、なんとかなるのだ。



そんな、どう転んでも無傷では済まない結婚を悪用し、お小遣いを稼ぐ人達が世の中にはいる。あの手この手で上手く相手に取り入り、金銭等を手に入れたらドロンするあれだ。当然犯罪だから褒められたものではないけれど、コミニケーション能力に欠ける僕としては、たとえ大金のためとは言え、何日もかけて偽のストーリーを用意し相手を懐柔するためには努力を惜しまない詐欺師の忍耐力には見習うべきものがあるように思う。

よくもまあ長い間過ごしているのに、相手になんの情も湧かないまま(たとえ湧いても)金を持ち逃げ出来るものだと呆れてしまう。僕などは取られるほどのお金を持っていないからまだ良いが、団塊の世代辺りは伴侶を失い使い道の無い金が余っている人も多いだろうから、優しく接してくる人がいればコロっといってもおかしくはない。


今回完結したXシリーズの主役と言っていい”小川”さんは、常に報われない恋をしている女性で、結婚にはとんと縁がないどころか、気になる異性絡みの話になると程度の良い詐欺にあっていると言っても過言では無い状態に陥るのだけど、そんなちょっぴり残念な面までチャームポイントになっているから悩ましい。





これでXシリーズは完結で、ラストを飾る内容はというと、小川さんが務める探偵事務所へ、男に騙されたかもしれないという相談があり、調べてゆくうちに、その相談者である女性以外にも複数の女性が結婚詐欺にあっていることを掴むのだが、その詐欺師の男が無残な姿で発見されて、さあ誰が犯人だ!?という分かり易いものだった。犯人に関してもどんでん返しは無い。本作を単発で読んだ人には正直ピンとこないだろう。

結局のところ、馴染みのキャラのその後を楽しみたい人の方が得する内容ではある。のらりくらりと永田さんの気持ちから逃げていた真鍋くんが覚悟を決めたり、椙田さんが本気で雲隠れを決め込んだり、死んだ恋人の遺した物を小川さんが見つけたり、最後の最後で「あぁあの人たちか!」という種明かしがあったりと、これまでの作品に触れているか否かで読後感がまるで違うはず。

これまでの作品も読んで来た身としては、とても良い終わり方だと思った。森博嗣さんはスネに傷のある女性を書かせたら上手い。ほんのり残る切なさと希望でみんなを笑顔にしてくれる。なんだか無性にZOKUが読みたくなる。ロミ品川も最高のキャラなのですよ.......






もう何が書きたかったのか、自分で分からなくなってきた。

とりあえず椙田さんの裏稼業物の復活とかまだ見たいな...森先生...


何百万も払って甘い思い出を作るより、森博嗣さんの本に騙された方がよほど幸せを感じられるから.....








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posted by lain at 07:20 | 北海道 ☔ | 小説 森博嗣 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2017年07月19日

夫婦という甘く切ない風景「青白く輝く月を見たか? Did the Moon Shed a Pale Light?」森博嗣/講談社/感想

やめるやめる詐欺ってわけでも無いけれど、嬉しいことに森博嗣さんはまだ本を書いてくれている。しかも物書きとしてのモチベーションを持ち直したかのように質も良い。新しいブログも始めたようだし、このまま生涯現役であってくれたら最高なのだけど、そればっかりは先生にも先生の人生があるから仕方なの無い話だ。




もう何度もここで書いているかもしれないけれど、森作品の中で今1番好きなシリーズは間違いなくWシリーズ。初の本格的なSFシリーズで百年シリーズとの繋がりもあるから実に楽しい。主人公は人間とウォーカロン(人工細胞によって作られた生命体)を見分ける研究をしている”ハギリ”という博士で、なぜか毎度のように命を狙われ騒動に巻き込まれてしまう。


人類がなかなか死ななくなり、子が生まれない未来を舞台に、人に取って代わるかもしれない存在(ウォーカロン、AI等)を交えた森先生お得意の命の定義を揺さぶる展開もさることながら、毎度命を狙われるハギリ博士と、そのボディガードであるウグイ女史との距離感の変化も見所で、最新刊である本作では夫婦同然の掛け合いに発展していて微笑ましかった。AIと人間の女性とを天秤にかけているハギリ博士を見ていると、Wシリーズは結構ラノベ気質なのかもしれないとか思ってしまった。実に羨ましい....


僕は女性に縁がない。というか、そもそもが縁を結ぶことが恐ろしくて仕方ない。でも、互いに想いあっているのに素直になれない者達の不器用なやりとりを見るのは大好きだ。ささきすばるさんとの夫婦仲も、ハギリとウグイのような距離感なんだろうか?気になる気になる.....






今朝テレビでニュースを見ていたら、長らくドラえもんを務めた大山のぶ代さんが認知症になってからも、ずっと寄り添っていて夫の砂川啓介さんの訃報が飛び込んで来た。大山のぶ代さんとの仲睦まじい様子や、妻を置いて先には逝けないと語る砂川さんの生前の姿に泣きそうになった。


「こんな夫婦にならなってみたい」


素直にそう思った....




どんな少子化対策よりも、こんな素敵な夫婦達を世に知らしめる方が効果的な気がしてならない。


まあ、あまりにも出来の良い見本を目にしてしまうと、「こうじゃなきゃいけない!」という気持ちが邪魔になって、逆効果かもしれないけれど........





青白く輝く月を見たか? Did the Moon Shed a Pale Light? Wシリーズ (講談社タイガ) -
青白く輝く月を見たか? Did the Moon Shed a Pale Light? Wシリーズ (講談社タイガ) -







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辛い時こそ生きている僕「私たちは生きているのか?」森博嗣/講談社/感想

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posted by lain at 20:24 | 北海道 ☔ | 小説 森博嗣 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2017年03月14日

辛い時こそ生きている僕「私たちは生きているのか?」森博嗣/講談社/感想

季節の変わり目だからか、寝込むような風邪をひいた。

病院に行く金をケチっているからインフルエンザかどうかは分からない。37℃ちょっとまでしか熱は上がらなかったから、おそらくただの風邪だろう。

今回の風邪は、鼻と喉とお腹に来た。昨日1日寝込んでも鼻水は治らず、寝過ぎと腹痛で背中が痛いのを我慢して寝続けるより、荒療治のつもりで体を動かした方が治りが早いかもしれないと今日は仕事に行ったものの、作業中数分と持たずに鼻水が垂れ、やっぱり今日もティッシュの山が出来てしまった。終いには脱水症状になりそうだ....


風邪は本当に鬱陶しい。頭はくらくら、お腹はきゅるきゅる、味覚も狂えば、鼻詰まりで呼吸も辛く嫌で嫌でしようがない。

でも、こんな苦しい時だからこそ、生きていることを実感している自分もいて、まるで健康なままより、時々病気になるくらいが丁度良いような気もしなくもない。滝のようにながれる鼻水だって、身体が生きようとしなければ流れやしないのだから。苦しい思いをしないと生きていることを実感出来ないなんて莫迦莫迦しい限りではあるけれど....


僕の風邪なんぞと、森博嗣先生お得意の生きているとはなんぞや?という定義を一緒にしてはなんだが、僕にとって生きているとは、苦しいと感じるかどうかだと思った。




富の谷。「行ったが最後、誰も戻ってこない」と言われ、警察も立ち入らない閉ざされた場所。そこにフランスの博覧会から脱走したウォーカロンたちが潜んでいるという情報を得たハギリは、ウグイ、アネバネと共にアフリカ南端にあるその地を訪問した。富の谷にある巨大な岩を穿って造られた地下都市で、ハギリらは新しい生のあり方を体験する。知性が提示する実存の物語。

by 「BOOK」データベース



今回の「私たちは生きているのか?」では、人間より合理的に生きているウォーカロン達が、脳だけになって仮想空間で生活している村が登場するが、そこではあらゆる物事がプログラミングでしかなく、不都合な天候も病気も存在せず、自分の容姿からパラメータまで好きに変更出来てしまう。確かに合理主義でガッチガチな人ならば、まさに天国のような環境だが、苦痛で生を実感するような僕では、まるで手応えの無い空虚さだけが積もり積もって、仮想空間の中で何度となく自殺を謀るかもしれない。

なんでもプログラミング出来るのだから、苦痛だってプログラミングすれば良いのかもしれない。でも、生身を知る者にとって、そもそも身体を捨ててまで仮想空間で生きることが難しい話だ。この先なんらかの天変地異で仮想空間が保存された電子機器がダメージを受ける可能性だってあるし、自分では身動き一つ出来ない脳の管理を他人に任せるだなんて想像するだけで悍ましい...





脳すら失って自分そっくりのAIが生き続ける未来なんて、僕は欲しく無い。ボケて寝たきりで親族や看護師に迷惑をかけてでも生身で生きていきたい。

ほぼ半分人生を生きてしまった。あと半分、どれだけ苦しい思いをしながら生きて行くのか?

考えるだけでため息が出てしまうけれど、それだって生きていればこそだから、辛いことも込みで笑えば良いのかもしれない。


まあ、なかなかそんな都合よく解釈は出来ないけどね
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posted by lain at 20:16 | 北海道 ☔ | 小説 森博嗣 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする