鑑賞者の思い出補正ではなく、作り手の情熱が36年の歳月を支えた金字塔「風の谷のナウシカ」宮崎駿(監督)/1984年/感想

映画館が営業を再開したタイミングで、ジブリの過去作4つが劇場で再上映されると知って、これだけはとナウシカを観に行った。





これまでジブリを劇場で観たのは3度しかない。「風立ちぬ」と「かぐや姫の物語」と「思い出のマーニー」である。巨匠二人の新作を劇場で観れるのもこれが最後だろうと云う気持ちが”どうせ地上波で直ぐ放送される”と云う気持ちを上回った結果だった。思い出のマーニーに関しては、米林監督の真価が見れそうだと魔が差しただけなのだが、思いの外良い仕上がりで何度か泣かされた。ただマーニーは冒頭の杏奈のモノローグが全てだったように今は思っている。全体的な内容はゲド戦記同様原作の足元にも及ばないことだろう。

そして4度目の作品となったナウシカだが、最近観ていなかったせいか素直に泣けてしようが無かった。こんなに目から汗が出る作品だっただろうか?と苦笑いするほどである。あれやこれやと云う感想は以前BD版を観た時書いているので今回はあえて書かないけれど、今が2020年であることを忘れてしまうほど、全てがよく動いてアニメーションとはこういうことだよと夢中になれたことだけは明記しておきたい。王蟲の甲羅と甲羅の合わせ目の動きであるとか、空間を上手く利用した迫力あるアクションシーンや宮崎駿らしい愛らしいキャラのリアクションを見ていると、現在放送中のTVシリーズや、近年よく客が入った劇場版でここまでやれている作品が幾つあっただろうか?と考えてしまう。

大友克洋さんのAKIRAにしてもそうだが、技術的にも金銭的にも今は不可能なことと云うのが過去作には結構ある。それでなくとも情熱さえあればと云う時代の人達が作ったフィルムなのだから、そんじゃそこらの才能や技術では上書き出来ない”何か”があることだろう。最近のアニメで育った若い世代の中でも少なからず80年代のアニメで衝撃を受けている人がいる事実が、年寄りの思い出補正に留まらない証明になっているように思う。そもそもそうで無ければ、36年前の作品が劇場で再上映などされるはずも無いわけだが........




原作者にやらせて貰えなかったゲド戦記に対する宮崎駿の複雑な感情が存在しなければ、ナウシカは日の目を見ることなく終わったのだろうか?ならばル=グウィンさんに感謝すべきなのかもしれない。ただ、宮崎Jr.版のゲド戦記を思うと、我々も複雑な感情を禁じ得ない。原作版にどハマりした人間であればなおのこと宮崎駿版ゲドを観てみたかった気持ちを捨てきれないのだ。

さあ、たらればの話は置いておくとして(切り替え早い)年齢的に完成するかしないか不安な「君たちはどう生きるか」まで、もうしばらく時間もあることだし、この機会を活かして観に行っては如何だろう?映画館で観る場合、騒がしい人が居ると集中出来ないことも多いが、それ以上に得られる臨場感があったりもする。日テレで見るだけがジブリではないことを思い出すにも良い機会になるのではなかろうか🎥

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