夢無き者を立たせるアンセム「キャロル&チューズデイ」渡辺信一郎(監督)/ボンズ(制作)/感想

僕には家を飛び出してまで叶えたい夢などない。こんなこといいな、できたらいいな程度のドラえもん的な妄想はした事は何度もあるが、考えた傍から霧散する程度の欲求だった。

だから、ただひたすら歌いたいという気持ちに素直であるだけで前へ進むことが出来た二人には、頑張れという気持ちと同じだけ羨む思いが膨らんでいった。





家出娘と親の顔を知らない娘が火星の道端で歌によって結び付き、既に夢を諦めたようなアーティスト達の心に火を付ける楽曲を次々と披露して、火星中に優しい灯火を拡げていくことになるというもので、舞台が地球でないことと、AIが人間に楽曲を作る時代背景であること以外、非の打ち所がないくらい王道のサクセスストーリーだった。何せ1話から「奇跡の七分間」を引き起こす二人であるとハードルを上げているものだから、一体に何をやらかすと云うのだろう?と観客はあれこれ想像したはずだが、結局は”We Are The World”な幕引きに落ち着き「なーんだ」と思った人も少なくなかっただろう。

しかし、その愚直なまでの王道さを突き通せるだけの下地が素晴らしかったため、僕のようなちょろいお客さんは、すっかり奇跡の七分間で泣けてしまった。最後のステージ上に集まった者、集まれなかった者、それぞれ歌が好きだっただけの人生が狂ってしまったことを思うと涙が止まらなかった....TV版(地上波1クール版)カウボーイビバップの最終話でシャカゾンビの「空を取り戻した日」を使った時も、この監督は音楽が好きなんだなと感じたものだが、今回も初めてオリジナルの音楽物をやったというのが意外に思えるくらい”それ”を受け取った。流石は国内外を満足させられる稀有な人物である。実際のアーティストのパフォーマンスから手描きに落とし込んだという歌のシーンの数々も素晴らしく、歌詞や曲についてもそつがなく素直に痺れた。久々にサントラが買いたくなった。





今では日本アニメも世界言語に近い評価を受けているが、誰にでも伝わる存在として機能しているものの中で歌ほど揺るがないものは無いのではなかろうか?歌詞の意味が分からなくとも、音の重なりと声のうねりだけで楽しいのか悲しいのか伝わってくるのだから。もしも本作が作中歌詞のテロップを表示していなくとも伝わる何かが必ずあったはずだ。日本語の歌詞を字幕で乗せる乗せないに関して監督の考えがどうだったのか少し知りたくなった。

その昔チャップリンという人は無声映画だからこその表現に挑戦していたが、情報が制限されればされるほど些細な表現の一つ一つが大事になってくるし普遍さが際立ってくるもの。映像に色が付き多彩な音が乗るようになってもそれは変わらない。人の歩き方、歌い方、踊り、音や色が無くとも出来が伝わる部分をしっかりやっていたからこそのキャロル&チューズデイなのだと心底思う。厳しくも優しい世界をありがとうございます渡辺監督.....





夢や希望は無くても生きていけるが、夢や希望が有った方が生きやすいのは確かだ。無我夢中で走れるものがあるなら、後悔など気にせず突っ走ることを若者にはお勧めする。歳をとってからでもやれることは山ほどあるが、やれなくなることも山ほど出来てしまうのだから.....



いつの日にか、なりふり構わず叶えたいと思える夢を手にしたい。そんな気分にさせられる良い作品だった。