地球が”もう無理っ!”と言い出すまでの猶予はいかほどなのだろう?「ユピテルとイオ(IO)」Netflix/感想

また懲りもせず、地球の文明が崩壊した映画を見た。




地球の汚染度が高まって人類が生存出来なくなり、そのほとんどが木星の衛星イオを周回するコロニーへと移り住んでいるという、ほんの少し未来のお話で、主人公はコロニーに住む恋人(♂)と目下のところ長距離にも程がある遠距離恋愛中(ネットでメッセージを交換している)の女性なのだが、彼女は父親の意思を継いで地球がこんな状況からでも自浄することが出来ることを証明しようと研究を重ね、自らを実験台にして今の環境に順応出来ないか試すほど根性が座っている。

ところが、いつものように汚染地域を探査していると大きな嵐が襲来し、彼女の研究成果と機材が壊れてしまい、遥か遠くにいる恋人の勧め通りに最後のエクソダス船へ乗ろうかと気持ちが揺らいでしまう。しかしそこに一人の男が気球で彼女の前に現れ自体が一変していく....といった展開になるのだけれど、兎に角淡々と彼女の探索風景や、日常の様子、そして珍客の男とのやり取りで構成されているため、スリリングな展開を求める人には退屈でしかないだろう。逆に、炎の色で汚染度を確かめたり、過酷な環境で生き残っていた微生物のサンプルを採ったり、生き物の気配がまるでしない廃墟を徘徊する地味な絵が大好きな人には、なかなか悪くない絵作りになっているかと思う。

深読みはしないで素直に観たい(そもそも深読み出来るだけの知識がない)人なので、作り手が印象付けようと用意した小道具に、一体どんな意味が隠されているのか分からないし探る気もないものの、主人公の女性が執着した個展跡や、お気に入りの音楽のカセットなど、思わせぶりな演出もそこそこ雰囲気を盛り上げてくれていた。それに、研究は上手く行かないし、恋人は更に遠くへと行ってしまうし...となった時、男では到底至らない結論に達するのが、なんとも女性らしくて良い。自暴自棄とも開き直りとも取れる幕引きではあるものの、何故か物悲しくてたまらなかった。コロニーに移り住んだ者たちは、その後新天地を見つけたのか?それとも地球へ帰還したのか?誰も戻らない地球で、彼女と彼女の◯◯は生き残り子孫を残せたのだろうか?取り留めもなく、その後を夢想している自分がいた。お客に想像する余地を残すやり方、大好きです。






どうでも良いけれど、地球でたった一人とか、二人とか、そういった生き残りの話は本当に沢山作られてきたが、実際そんな状況に陥ったとしても、この広い地球全てを調べ尽くして自分だけなのかを確かめることなど不可能に近いわけで、ハッキリ言って自意識過剰の自己陶酔でしかないが、そうと分かっちゃいるけどヤメられない甘美さが、こうしたシチュエーションには在るから困る。地球が滅びる時くらい、自分が特別な存在でありたいとでも思っているのだろうか?土地の広さは十分にまだあるが、人間の欲塗れな活動による環境への影響を考慮すると、既に地球は限界を超えているという人もいれば、2030年には第二の地球が必要だと訴える専門家もいるが、約76億人いる中で、たった一人だけ生き残るというのは、宝くじを当てる以上に気が遠くなる話だろう。確かにそいつは憧れちゃうね(棒読み)





子供頃、雪がしんしんと降り積もる夜に雪の中へ横たわり、周囲の音を雪が吸収するなか、自分の吐息だけを聴きながら独りきり雪に覆い隠されてゆくのが好きだった。忙しない日常を長年繰り返し過ぎて、何かが麻痺してきた今だからこそ、あの頃理屈抜きでやっていたことの貴重さが身にしみる。

どんなに馬鹿なことでも良い、自分が素直に求める物を愛して行こうじゃないか。

たとえそれが人類の繁栄にNOと言うものであっても。

どうせ死ぬまで生きるのが人生なのだ。