この作品は心の肥料みたいだった「人生フルーツ」ドキュメンタリー/感想

フィクションの娯楽映像作品は、どんな被写体であれフィルムを繋ぎ合わせ、盛り上がる音を当てるだけで幾らでもドラマをでっち上げられるが、なるべく客観的に撮ることを目指したドキュメンタリーにはそれが出来ない。だから、出来上がった映像に意味を見いだせるかどうかは、被写体とそれを観測する者次第だと言える。


すなわち一番最初の観測者であるカメラマンや音声さんの責任は重大だし、なにより編集の人の感性は大事。更にそれらをチェックするプロデューサーやディレクターの仕事も欠かせない。そういう意味において、本作は良いスタッフに恵まれていたように思う。プロの役者でもない人の生活から何か引き出したいと、ほんの些細な物にも注目して拾い上げる丹念な仕事っぷりは素晴らしかった。




国内外の都市計画(建物の配置や植樹の位置などを設計するお仕事)に携わっていた”津端修一”(90歳)さんと、その妻”英子”(87歳)の自給自足な生活に密着したドキュメンタリーで、老夫婦のゆったりと穏やかな日常が淡々と続く作品。

盛り上げよう感があったのは、自身が携わった台湾のニュータウンに招待されたシーンくらいで、後は秋の陽光が香って来そうな心地良いBGMと、樹木希林さんが繰り返し口にする『風が吹けば、枯葉が落ちる。枯葉が落ちれば、土が肥える。土が肥えれば、果実が実る。こつこつ、ゆっくり。人生、フルーツ。』というナレーション以外、撮影スタッフの声はしないし説明的なテロップもご主人のことで一度きり。こういう配慮に関しても唸るものがあった。ジブリの鈴木敏夫さんが自身のラジオでべた褒めしていたことがあったが、被写体である老夫婦の独特なスローライフはジブリ作品に通ずるもの(生活感もそうだが、ニュータウンの近くで自然を少しでも残していきたいという思いに「平成狸合戦ぽんぽこ」がよぎった)を感じたし、他人事にはできない年齢の鈴木さんであればなおのこと胸に届くなにかがあったに違いない。

同じく今まさに老後を迎えている人の目にはどう映るのだろうか?他人の手をなるべく借りず、やれることはなんでも自分たちでやり、しかも二人ならそれも楽しいと言わんばかりの姿を見せつけられて鬱に入るのか、それとも自分も頑張ろうとなるのか?どちらにせよ大いに感化されるのではなかろうか?....

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犯罪現場のマーキング状態の畑

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肥料に落ち葉を使う

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餅も自分でつき

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織り機まで使う

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津端さんの師アントニン・レーモンドさんの自邸に倣って建てた家は、頭上が広く開放的。




スローライフの良さを云々というより、生きることも死ぬことも分け隔てなく捉えた怪作と受け取る人もいるかもしれない。僕は老夫婦にほんわかさせられつつも、食生活や仕事に至るまで身の回りを豊かに出来ない未熟な自分を思い知らされ、心の何処かがチクリとした。

同じスタッフで同じように撮ったとしても、もう二度とこの味わいは出せないだろう。

ドキュメンタリーは被写体あってなんぼだなと、つくづく思った。

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公式サイト http://life-is-fruity.com