僕らはみんな”女王蜂”に群がる働き蜂🐝

夏アニメと呼ばれる新作アニメが既に数話放送されている状況で、僕はまだ春アニメを見ている。

特別春アニメが多かったわけでもなく、ついついゲームをやってしまい家での消化があまり出来なかったのと、出先での鑑賞に支障を来すほど、ここひと月ほど”女王蜂”というバンドにハマっていたのが大きな原因だった。




元々注目度の高いバンドだったそうなのだけど、僕はDAOKOとの楽曲「金星 Feat.DAOKO」で”この人いつもこんなに裏声多用する人なんだろうか?....”と興味を持ったのが最初だった。昔ならここでレンタルショップかレコード店に走ったものだが、今はApple Musicみたいな定額制音楽サービスがあるから本当に便利なもので、直ぐに彼らの曲をリストへ加え聴いていた。

ただ、去年の自分はそこまで彼らにハマっていなかった。理由はちょっと分からない。女王蜂の中心であるアヴちゃんの、何処か吹っ切れたような「HALF」の完成度に何かのスイッチが入ったのかもしれない。其処からは兎に角新旧聴けるものは全て聴きまくった。




男である自分、女である自分、日本人である自分、日本人でない自分、様々な自分と折り合いをつける為に選んだ音楽がこれだったんだろうと、勝手に納得していた。辛いことは辛いし、怒りも哀しみも消えないけれど、それをエネルギーにして愉しんでしまおうという力が彼らにはある。

何より気に入ったのは、その楽曲自体の混沌さだ。もう素人の耳にはどのジャンルが混じり合っているのか分からない。ただ一つ言えるのは”和”の味わいが常に根底にあるということと、それが僕は大好きだということ。訳が分からないのに訳が分かってしまうアヴちゃんの歌詞共々、新しいのに新しくない女王蜂というジャンルは熱い。






ちょっとライブまで行くのは熱狂的なファンが怖くて行けないが、あと10歳若ければ絶対生の彼らを観に行ったことだろう。中性を売りにしたアーティストはこれまでも大勢いたが、間違いなく女王蜂はその系譜の先端にいる。男が男らしくなくてもいい。女が女らしくなくてもいい。本当に良い時代になったものである。


まだまだ差別はあると言う人はいるだろうけれど、今の世の中ほど差別を受ける側が声を上げやすく仲間を見つけやすい社会はこれまで無かったのでは無いかと思う。差別とは好きか嫌いかを決める行為と同じだ。ほぼ全ての人が無意識のうちに差別を行って生きている。“そんなもの”を是正しようと考えることすら差別に他ならない。

だから、そんなつまらないことは考えずに女王蜂を堪能するのが吉だ。単純に彼らが格好良い可愛い面白いで聴くの良いだろうし、自分の鬱屈を重ね合わせて聴くのも良いだろう。





これからもっと女王蜂は子を増やす。

働き蜂である僕らの仕事はこれからだ🐝