壊すのは簡単なのに、戻すのは本当に難しいという話「聲の形」山田尚子(監督)/大今良時(原作)/ 京都アニメーション(制作)/感想

今から30年ほど前、僕は自分とは違う2人との距離感を測りかねていた時期がある。

1人は心身に障害を持つ同級生の女の子で、見た目が異様なうえ我儘で嘘つきで手が付けられなかった。何故こんな子が普通の学校に入ったのだろうと子供ながらに不思議だった。

もう1人は叔父さんの息子で、僕よりも遥かに目上の人なのに、知的障害を持つ彼は幼く見え、いつも夏休みになると実家に帰って来る(いつもは施設に預けられていた)彼の面倒を見に行かされるのがとても嫌だった。一生懸命ゲームの遊び方を教えてあげても出来ない、興味がない、いつまでも落ち着かない様子で何を喋っているのかも分からない。面倒を見に行っているなどと云っていても、正直危ないことをしないかどうか気にする以外は、こっちはこっちで勝手に過ごしていた。


正直云って、どちらの事もちゃんと理解はしていなかった。特に従兄弟のことはまるで分かっておらず、祖母がいれば機嫌の良し悪しくらい分かるのにと思ったものだった。彼も祖母には懐いていた。

2人共もうこの世には居ない。彼が僕のことをどう思っていたかなんて、今更知りようもないが、何年経っても思い出してしまうくらいには、胸に引っかかっているのだろう。





何処にでもいる悪ガキ”石田将也”の前に、耳がほとんど聴こえない少女”西宮硝子”が現れ(転校してきて)、彼女に興味を抱いた彼は、何かにつけて彼女を構ってしまうのだが、自分の気持ちを上手く表現出来ない彼は彼女に辛くあたってしまい、仲間まで巻き込んだ虐めへとエスカレートしてしまう。気付けば引き返せないところまで来ていた彼は、教師だけでなく友人たちにも見捨てられ、虐める側から虐められる側へと変貌する。

数年経ち、高校生になった彼は、罪の意識から自殺しようと考えていたのだが、最後に虐めることになってしまった彼女へ謝罪しに行ったところで思い留まることになる。それをきっかけに、彼と彼女を含めた少年少女が、間違ってしまった時間を取り戻すかのように交流を深め、解り合ってゆくかに思えたのだが.......



大まかにまとめると、加減を知らない子供が、虐めるつもりじゃなかったのにやり過ぎてしまって、己の身まで滅しそうになったという話なのだが、お話の筋の生々しさの割に、絵が京アニのいつものテイストなので、どうもリアリティがちょいちょい置き去りになっていたのが気になった。そこはもっと空気が凍りつくところだろ?と何度突っ込んだか分からない。虐めの対象となった西宮硝子の母親だけがやけに現実味を帯びた存在だった。

とはいえ、虐める側から転落する少年の心理表現は秀逸だったし、役者達も真に迫った演技で非常に痺れた。特に耳が聴こえない少女の上手く喋れない様を演じた早見沙織は素晴らしかった。かなり難しい役だと思うから、相当役作りに苦心したことだろう。彼女のためにと頑張れば頑張るほど心が壊れてゆく石田を演った入野自由くんも含め、役者陣はかなり良かった。

ただ、やはりご都合が否めなかった。根は優しい子ばかりであるし、耳に障害を持つ子が可愛いという設定もアレで、救いがいくらあっても足りない主人公が必要以上に不器用なのも自虐的過ぎで気になってしまう。

ここまで扱いの難しい恋愛に仕立て上げた作者の屈折した人生もついでに映画にしてはどうか?







手放しで素晴らしいとは言いたくない映画だったが、何かと未熟な子供時代にやりがちなことと、それによって失ったものを取り戻す難しさのディティールだけは本当に真実味があったし、少々捻くれたシチュエーションだとしても恋愛物語として非常に楽しめた。「君の名は。」ではなく「聲の形」を愛した連中の気持ちも、少しは理解出来たように思う。

でも、だからこそ、優しい嘘で誤魔化さない「聲の形」も見てみたかったなぁと思った。

原作がどうであれ、映画は映画だとやってみても良かったのではなかろうか?......