今の自分の気持ちに”感慨無量”とサブタイ付けたい「アルスラーン戦記」田中芳樹/光文社/感想

お話の性格上”いつまでも終わらない”のではなく、普通に続きが作られないから”終われない”作品は数多く存在し、作者の寿命の方が先に終わりを迎えるなんてこともザラだったりするから、たとえ30年の歳月がかかっていようとも、ちゃんと完結させてくれた田中芳樹氏には感謝しかない。







僕がアルスラーン戦記を読み始めたのは、中学生の頃だったと思う。深沢美潮さんの「フォーチュン・クエスト」でラノベ(あの頃はラノベなんて言葉は一般的では無かった)の面白さを知り、渡邉由自さんの「聖刻の書」や藤川桂介さんの「宇宙皇子」と共に「アルスラーン戦記」にものめり込んでいった。

始めは子供らしく、表紙の絵(天野喜孝さん)と印象的な四字熟語のサブタイトルに惹かれて手にとった。カタカナのタイトルでは本が売れないと言われた時代だったそうで、苦肉の策ではあったのかもしれないが、 ”王都炎上” ”王子二人” ”汗血公路” などなど、タイトルを読んだだけでドラマを感じさせる良い苦肉の策だったと思う。

勿論見た目だけでなく内容も面白かった。物凄く強そうな王様と軍隊が呆気なく敗北し、頼りなさそうな王子が”戦士の中の戦士”と呼ばれる男と自称画家の軍師を仲間にして、次々と戦に勝利し故国を取り戻してゆく様は、どんなサクセスストーリーよりも当時の僕を高揚させた。



ところが、アルスラーン戦記の中でイレギュラーな存在である伝説の化け物ザッハークの復活が臭い出したところで、プツっと新刊が出なくなった。最終巻”天涯無限”刊行時のインタビューによれば、大人の事情で7年、作者の事情で6年書けない時期があったというのだけれど、あの頃の僕にそれを知る術もなく、待つことすら忘れた頃に書店で角川版最後の新刊を見つけた時には、完全に前巻の内容を忘れていた。カッパ・ノベルスに移り、今度こそ完結へ向かうのだという甘い望みも13巻で一旦挫けた。なにせ来る日も来る日も14巻が出ないのである。自然と「もう完結するまで読まない」と心に誓うようになっていた。

この停滞の流れが変わった(ように見えた)のは、荒川弘さんによるコミカライズが始まってからだろう。田中芳樹さんが”こいつはうかうかしていられない!”と思ったかどうかは分からないが、良い意味で刺激にはなったようである。そこからは順調に書き下ろしが進み、去年の暮れに最終巻が刊行。お陰でこちらとしては読まないわけに行かなくなった。勿論内容を忘れているから1巻からの読み直しだ。

基本的に読書の時間はお昼休みと決めている。最近は無料ゲームもこなすため、せいぜい15分程度の読書量。だから5ヶ月近くかかってしまった。他の本は一切読まず、ただひたすら来る日も来る日もアルスラーン戦記を読む生活は、正直言って幸せな時間だった。子供の頃に読んだものは、大抵思い出補正の範疇を出ず、大人になってから読み直すと粗が目立つものだが、そんなものはまるで感じないまま楽しんでいた。

僅かに引っかかったことと言えば、無数の死に彩られた終盤の乾いた感じ(わざと露骨な泣きではなく、突き放した感じで書いたそうだ)や、ザッハークの正体の明かし方が微妙だったことくらいで、それすらエピローグの余韻で消し飛んでいった。死を軽々しく使うのは愚の骨頂だが、いつも死の先に生を残してくれる田中先生は、けして死の安売りはしていないなと改めて思った。





”生きる”とは心臓が動いている状態のことを指し示すのではなく、己が信じる道を征くことを”生きる”と言うのではないのか?

どうせいつかは終わる命なのだ、ならその命をお前ならどう使う?"


そんなアルスラーンの声が聞こえたような気がした。