買った嫁に飼われる魔法使い「魔法使いの嫁」ヤマザキコレ(原作)/長沼範裕(監督)/WIT STUDIO(制作)/感想

”魔法使い”と言うと、昔からローブを纏い杖を持ち、ちょっと鷲鼻でとんがり帽子を被った老人のような姿を連想してしまうけれど、それって何処から広まった常識なのだろうか?同じように考え調べた人がネットでも複数いるも、ほとんどコレという原点は見つからなかった。というか、正直そんなに執着して調べたい案件でもない(真顔)

本作の魔法使いは、そんな常識的な魔法使いとは少々違ったかもしれない。どちらかというと”悪魔”と呼称して差し支えない姿なのだから。





原作を書店の平積みでしか目にしたことがなかった(那州雪絵さんの「魔法使いの娘」に空目したのが出逢いの始まり)僕は、自分を売りに出す鎖に繋がれた虚ろな目のヒロインと、ソレを買い弟子にすると言い出す骸骨頭の魔法使いとの特殊な出逢いに、原作者は相当屈折した性癖の持ち主なんだろうなとまず思った。これは新手の乙女ゲーのノリで僕の趣味には合わないかもしれないとすら考えた。

しかし見終わってみればどうだ?どっぷりハマっている自分がいる。結局は男女の色恋がメインではあるものの、そこに至るまでの紆余曲折が実に濃厚で、初めは主体性を持たず周囲の庇護が無ければ何も出来なかった少女が、時には師と弟子の関係を逆転させるような強さを見せるまでに成長してゆく姿に痺れた。明るく楽しい魔法ではなく、ジメジメした魔法のエピソードばかりだったのもツボにハマった。いつもはそういった原作のアニメは見ない会社の後輩ですら面白いと言っていたくらいだ。

普通の街があって普通の人がいて、でもドラゴンが住まう場所や妖精が人を拐かす森もあって、美術や演出がそのギャップを上手く出せていたのも上手かった。家に憑く妖精の設定のせいもあったに違いないが、ヒロインである知世が住まうことになる家の絵一枚見ただけでも暖かいなにかを感じるような絵作りになっていたように思う。自分の居場所を求める者が多数登場する本作ならではの味わいなのだろう。連続2クールでなければ、ここまでの骨太感は出せなかったに違いない。




漫画でも行間を読ませるようなことはコマ割りで出来るものの、映像にする方がより具体的な間を描くことが出来る。そして本作はそれが秀逸だった。心理描写だけでなく空間を壮大に感じさせることにも成功しており、色恋の場面でも安っぽさを感じさせなかった。これは監督である長沼範裕さんの手腕に寄るところが大きいのだろうか?

勿論、連年と連なる偉大なファンタジー作品達あっての本作ではある。完全なオリジナル設定を作るのはそう簡単な話ではない。

本当に日本人は自分達が食べ易いサイズに切り分けるのが巧いものだとつくづく思った。




童貞を拗らせたら魔法使いになれると云うが、僕にはまだ嫁はいない.....

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