日高晤郎というラジオ芸人

高畑勲監督の訃報が流れた日、個人的にはもう一つ悲しいニュースを知ることとなった。

ほぼ35年間、毎週土曜日の8時から17時まで9時間の生放送ラジオ番組をやっていた日高晤郎さんが、数日前に亡くなっていたことを、友人からのメールで知らされたのだ。

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ここ数年はTVどころかラジオ自体あまり聴かなくなり、地元のニュースもほとんどチェックしていなかったため、本当に気付けなかった。晤郎ショー自体は、たまに誰かが聴いているのを耳にしていたから、まだまだ元気にやっているんだなと勝手に思い込んでいた。まさか今年に入って悪性の癌が見つかっていたとは夢にも思わなかった。

亡くなったことを知ってから、あまり褒められたことでもないが某動画サイト(ぶっちゃけyoutube)で最近の晤郎さんの様子や、最後の出演となった晤郎ショーの映像を納めた番組を観ていたら、こんなに泣いたのはいつ振りか?というくらい鼻水と涙が止まらなかった。癌の影響か、治療の影響だったのかは分からないけれど、数年前の晤郎さんとは似ても似つかない痩せこけた姿で胸が締め付けられた。ファンからの感謝の手紙を読んでいて「ありがとう」の文字で堪えられなくなり泣き出す姿が脳裏に焼き付いて離れない。元気な頃には絶対にお目にかかれなかった、晤郎さんの素顔を最後の最後で見れた気がした。

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福永俊介の私情丸出しな姿がたまらない.......





毒舌でスタッフ弄りも酷かったが、思いやりの裏返しである部分も多々あって、ただ好き勝手に世間を切り捨てていただけのラジオパーソナリティではなかったと思う。何より他人に厳しいのと同じだけ自分にも厳しかった。ラジオを主戦場と決めてから精力を注いだ話芸に対するプロ意識は半端ではなく、どうせラジオだから分からない(スタジオで観覧している人には分かるけれど)のに、原稿も無しで情感たっぷりと披露する”語り”には毎度痺れたものである。

具体的に何をと言うと難しいが、様々なことを教えられたし、日高晤郎ショーを好きにならなければ落語の面白さを知ることもなく、ドイツ生まれの加湿器を買うことも無かっただろう。吉川のりおさんも自分のラジオで「親のような人を失ったと思っている人が沢山いるんじゃないか」と言っていたが、本当にそうだなぁと思った。中学生の頃から土曜日と言えば友達と遊ぶより日高晤郎ショーだった僕には、本当の父親以上に育ててくれた人だったかもしれない。





喜怒哀楽全部で9時間を駆け抜けるあの声が聴けなくなると思ったら寂しくて仕方ない。ここ数年疎遠になっていた時間を取り戻せるなら取り戻したいとすら思う。

高畑さんの命も奪った癌。いつか簡単に治せる時代が来るのだろうか?

せめて死を受け入れる猶予のある死に方でありたいものだ。宣告からたった数ヶ月で酷い姿を晒しながら死に逝くなど辛すぎる。本人も周囲の人も.....




あんなになってでもラジオを続けた日高晤郎を忘れない。

好きになった相手の前では恋する乙女みたいな顔と声して可愛らしかった日高晤郎を忘れない。

というか、どの日高晤郎でも忘れ難いよ......





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