幸せになって欲しい人が幸せになってくれる良い映画「シェイプ・オブ・ウォーター」ギレルモ・デル・トロ(監督)/感想

今日が何の日が知らないが、昨夜は今日が紅い日だと思ったお陰で映画館に行く気力が湧いた。

雪解けと一緒に心にも余裕が生まれて来たようだ。




舞台は冷戦。人々はスクリーンの向こうのスターや車に憧れ、宇宙への期待も相俟って革新の日々を謳歌していた時代。主人公は幼い頃から発声に障害を持つ女性イライザ。映画館の上の部屋を借り、優しさのない目覚まし時計で夜中に目覚め、シャワーを浴びながら自分を慰み、ゲイの隣人に食事を用意し、ゆで卵を持ってバスに乗り航空宇宙研究センターの掃除へ行く。

そんな毎日の繰り返しのなか、感じの悪い軍人と共に大きな容器が運び込まれる。どうやら見たこともない生き物が入れられているようだと、興味を抱いたイライザは周囲の目を盗んでは生き物に会いに行き、”彼”との間に確かな信頼関係を築いてゆくのだが、ロシアとの競争の道具としてしか彼を見ていない者達によって甘い時間が奪われそうになり、彼女は大きな決断を下すことになる...





まず最初に「これは本当にギレルモ・デル・トロ映画なのか?」と思った。唯一人間ではない”彼”以外に日常から外れた存在はいないし、悪魔も昆虫も巨大ロボも登場しないのである。それどころか心理描写が詩的ですらあって、まるで一編の美しい寓話を読んでいるかのようだった。いつものB級を期待して観に行ったら大火傷した、なんていうお客さんも居そうな気がする。

今回の作品で初めてアカデミー賞の作品賞に輝いたデルトロ監督は、長年抱いてきた劣等感を隠そうともせず喜んでいた。それもそうだろう、自分の見せたくない(見せにくい)物まで包み隠さず投入して撮った映画なのだ。本作の主要な登場人物達は、軒並み認めてもらいたい相手に存在を認めてもらえない人ばかりで、所詮掃除婦としてしか見てもらえないイライザ達は勿論のこと、精一杯の背伸びが蹴散らされるゲイの隣人や、ある意味被害者でもある軍人の男の報われなさまで含め、デル・トロ監督の気持ちが反映された存在だった。

ただ泣かせようとか、驚かせようとか、そういう理由で撮った作品とは訳が違う。切実な想いをそのまま紡いだ作品なのである。お陰で僕は、けして醜いわけではないが、美人とは言い難いヒロインと、見た目で拒絶されそうな存在との恋を応援したくてたまらない気持ちになっていた。これが美男美女の取り合わせだったら、こんな気持ちにはならなかっただろう。憐れみとか同情というのはけして褒められた感情ではないかもしれないが、自分と同じ、もしくは見た目だけは自分より醜いかもしれない存在が報われる光景こそ、現代人が本当に求めるものなのではないかと思ってしまった。





どうしても僕ら人間は見た目が先になってしまう。本当は凄く気持ちの優しい人だとしても見た目が恐ければ誰も近寄らないし、心が乙女でも見た目が老人のゲイに好意を持たれても拒絶しておしまい。でも、だからこそ、”そんな”存在が報われる絵には価値がある。何より見た目が綺麗な者(物)が中身も綺麗でしたというのは少々飽きた。

人間の男に絶望してる女性達は是が非でも本作を観に行った方が良い。

これぞ本当の美女微女と野獣だ。