お金の多さが品質に直結しない業界「Mute/ミュート」ダンカン・ジョーンズ(監督・脚本)/感想

物心ついた時には金銭感覚の無くなるような小遣いを貰っていた人でもなければ、限られた小銭を握ってお店へ行き、なるべく美味しくて安くていっぱい食べられるお菓子をと、思い悩んだ経験があるのではないだろうか?

そして、そうして選んだお菓子の味は、成人してから食べたどんな美食よりも身体に刻まれていることだろう。




映画でも同じような事が言える気がする。観る側ではなく作る側の話しにはなるけれど、インディーズかと思うほどの低予算で成功した監督が、大きなバジェットを手に入れた途端駄作を連発するなんてことが多々あって、最近のダンカン・ジョーンズも例に漏れずお金が円滑に回り出した途端作品の出来が微妙になってきた。



作品の内容にまで関わる制約が出資者から発生するからなのか?それとも単純にこぢんまりとしたサイズの方が気楽で性に合っているだけなのかは分からない。素人お得意の漠然とした違和感や物足りなさを感じてしまうのだ。カメラワークや編集にしてもそう。これは一体どんな効果を狙ってフィルムに残したのか?というシーンも少しあったように思う。何度も見ていると素人の僕では見えてくる物があったりするのだろうか?

振り返ってみると子供の頃に声帯に深い傷を負い喋ることの出来ない男が、失踪した恋人を探して些細な手掛かりから真相に辿り着くという展開も長々とやるわりに驚きは少なく、終わってみれば夜の街にごまんと転がっていそうな男と女の話でしかなかった。アナログ人間である主人公の男の特異さを感じさせるサイバーパンクな世界観はそこそこ良かったし、喋れない寡黙な男というのも絵になっていて嫌いではなかったから、尚更勿体無い気がしてしまう。



なんだかんだと言っても、我が身を顧みず恋人を探す主人公の男と、それとは対照的に偏った愛情表現しか出来ない脱走兵で闇医者の男の存在が印象的ではあった。一人の少女に対する接し方の差なんかを見ていても、ダンカン・ジョーンズが父であるデヴィッド・ボウイを失った後に作った映画だから避けて通れないテーマだったのかな?と思った。







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