俺は、ネット端末遺伝子を見つけた気がする「BLAME!」弐瓶勉(原作)/瀬下寛之(監督)/ポリゴン・ピクチュアズ(制作)/感想

一般的な反応として、2次元好きは整った絵を是とする傾向にある。

没個性ではあっても安定した女の子を提供してくれる絵師が大人気だったり、無料配布されている原作漫画を、別の漫画家がより綺麗に作画し直した作品が大ヒットしたりもする。まるで整形美人を愛でるような所業であることに、どれだけの人が気づいているのだろうか?....




斯く言う僕も場合によっては不安定な作品を敬遠して生きて来た。黒田硫黄の漫画が凄いと一部で人気になろうとも、初見では好きにならなかったし、他の追随を許さないようなインパクトのグラップラー刃牙は未だに生理的に受け付けない。のちにどハマリしたファイブスター物語でさえ、一度はこの絵は駄目だと思ったものだった。”人間は見た目じゃ無い”なんてことはありえない。何せ中身を知るより見た目で判断した方が断然楽なのだから....


BLAME!も見た目でまず避けられる作品だった。能面のように表情の乏しい主人公。どう場面が転換したのか分かり難いコマ割りや構図。説明セリフが少ないが故の置いてきぼり感。どれをとっても連載当初のBLAME!は読み易い漫画では決してなかった。

ただ、鬱蒼とした構造物の生み出す圧倒的な孤独や、人ならざる者達の驚異的な存在感のおかげでそれらの弱点など直ぐに気にならなくなった。少女漫画もそうだが、それぞれの漫画の文法が理解出来るようになると、その世界感が普通に居心地の良い物へと変貌するのである。




少なからず読者に努力を強いる作品ではあったかもしれない。おそらく弐瓶勉氏が一番それを理解していることだろう。今回の劇場版についても戸惑いがあったと聞いた。しかし今回は氏の努力の結果、劇場アニメになると知った時の喜びを遥かに凌駕する喜びが僕の全身を貫いていた。




BLAME!のようなカルトな人気を博した作品は、得てして『イメージと違う』と、言われてしまいがちだが、作者自らの総監修により紛れもないBLAME!になっていて、空も大地も見えない構造物の混沌ぷりや無感情に人を狩るセーフガードの恐ろしさの中を探索する空気が凄くよく表現されているなと感じた。エンターテイメント性を持たせた映像化により、具体性が増して原作の味わいが損なわれている面も、もしかするとあるかもしれないけれど、それを上回る魅力をもって世界観が底上げされているから満足度はすこぶる高かった。

磨きのかかったトゥーンレンダリングな作画は当然素晴らしかったし、まず音ありきなのでは無いか?と思ってしまうほど、物体の質量や熱の有無、更には空間の奥行きまで豊かに語っている音作りが凄かった。残念ながら地元の映画館では上映しなかったため、自宅でNetflixにて鑑賞(劇場公開と同時にNetflix独占で配信)したわけだけど、これは断然音響の良い環境で観てこそ真価が分かる映画に仕上がっているなと貧弱なスピーカーでも伝わるものがあった。

「人間だ」と口にするのがこれほど似つかわしくない男霧亥の雰囲気作りが上手くいっていたのも素晴らしく、こんなに喋らない櫻井孝宏は初めてなのでは?と思った。霧亥に雑な扱いを受けるシボの捉え所の無い自由さや、分かり易いヒロインであるづるの可愛らしさは勿論のこと、珍しくチャラくない宮野演じる捨造の婆ちゃん子なところが微笑ましかったり、キャラの面でも格段にバランスが取れていた。

やはり弐瓶勉さんの世界観は日本の3DCGの質感がしっくり来る。ディズニーのでは駄目だろう。海の向こうの真似をするより、こちらのテイストを極めていった方が日本のアニメの将来は明るいのかもしれないとつくづく思った。






今でこそシドニアの成功で一般人にも振り向かれる漫画家になった弐瓶勉氏だが、BLAME!が無ければまず間違いなく今の氏は無かった。これを機会に若い子にはBLAME!に触れて欲しいし、もしよければ原作漫画も最初の方は辛抱して読んでいただきたい。必ず癖になること請け合いだ。


さんざんっぱら拙い文章を書いて来たけれど、理屈など置いておいて普通にBLAME!をまず楽しんで欲しいものだ。馬鹿でかい建設者、わらわらと湧いて来る駆除系、狡猾で美しい上位セーフガード、無機質への愛情がこれほど掻き立てられる作品はなかなか無い。ボークス辺りがBLAME!のキャラのドールとか出してくれたら即買いするだろうなぁ僕は......




にしてもありがとうNetflix。これからもお世話になります....













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