2017年04月21日

たばこと朝の空気、どちらが大事?

珍しく我が家に泊まり客が来た。一昨日うちの父と最果ての町まで行き、更に南へと帰る途中で一休みしたのである。

泊まり客と言っても顔も見知った親戚だから、そう肩肘張る必要も無いのだけれど、やはり毎日顔を合わせているような相手では無いから挨拶しかしなかった。



それはそれとして、その親戚はタバコを吸う。歳は60を超える男性だが健康そうで、この先2、30年はプカプカさせていそうな人なのだが、あまり遠慮というものを知らない。うちは今誰もタバコを吸わない家なのに、堂々と茶の間の真ん中で煙を浮かべるというのは如何なものだろう?うちは禁煙だとハッキリ言わないうちの親も親だが、朝5時に目覚めると早速空気が汚染されているのは、吸わない人からすると本当に最悪の気分だ。

タバコを吸う人でも嫌だという人が多い”副流煙”それを吸わない人の前で堂々とやる神経が僕には理解出来ない。流石昭和で育った人だなぁと思って諦めるしか無いのだろうか?自分が家長であれば、絶対家の中では吸わせない所だ。その昔、仲の良かった友人に、うちではタバコを吸うな、我慢しろと言って仲違いしたことを思い出した。あいつもまだタバコをプカプカさせているんだろうか?面倒な奴だったが、居ないとなると寂しいものである。



まだまだ喫煙者は大勢いる。吸わない代わりにもっと酷いことをして発散している人もいる。僕のように人間関係が壊れるきっかけになることもあるだろう。止めろとは言わないが、吸わない人の前で吸うのを止めるだけで、お互い心穏やかに過ごせることだけは間違いないのではなかろうか?「自分の吐く煙を吸えないならお前とはこれまでだ!」というのなら、明らかに一方的な気持ちの押し付けであって、そんなの何処の誰であろうと仲良くなれるはずも無い。

僕が中学の頃、少々タバコを弄っていた時期があった。丁度悪ぶって格好をつけたがる年代だったから友達の家に転がり込み、こそこそタバコに火を付けていたものだ。10cmに満たない長方形のお洒落な箱を胸に入れ、火を付ける前のタバコの匂いを嗅ぎ、Zippoの蓋をカチカチ開け閉めするだけで大人になった気分を味わえていた。結局最後には、何処かの世話好きな人から学校に連絡が行き、僕らはこっぴどく叱られたうえ親への連絡と反省文を書かされた。だからタバコにハマっていくのも理解出来ないわけではない。でもそれとこれとは別な話だ。




喘息持ちの子供がいてもタバコを吸っていたうちの父も、孫が出来てから一切吸わなくなった。今じゃもう臭いを嗅ぐだけで嫌だと言っている。止めることさえ出来れば皆同じように感じることだろう。まあ、タバコを止めた分一気にうちの父は腹が出てしまったけどね。

せっかくの気持ち良い空気が楽しめる北国に住んでいるのに、何故一酸化炭素を吸わなきゃならないのか?思春期を遥か昔に終えた僕には理解できない。せめて寝起きの空気を汚染するのだけは止めて欲しかったというお話である....
posted by lain at 06:55 | 北海道 ☔ | 日記 昔話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする