2017年03月06日

降り注ぐのは太陽で、タイヤが踏むのは小石。それを平和と言わずしてなんと言えば良いのだろう?「ホワイト・ヘルメット」他/ドキュメンタリー/感想

僕個人としては畏敬の念すら抱いている女性シンガー”小谷美紗子”の「自分」という曲に、こんなフレーズがある。


「悲しいNEWSを見て涙を流して

 自分は温かいやつだと満足してる」


「世界の問題について真剣に語る

 そんな姿に酔っているだけで

 語るの簡単だ 言うだけなら私にもできる」





自分にも他人にも厳しい小谷さんらしい耳が痛くなる言葉なのだが、僕はドキュメンタリーを見ると、いつも彼女のこの言葉が頭をよぎる。ただの自己満足で終わっているのは百も承知だからだ....


ほんの気まぐれだった。なんとなしにNetflixを起動すると、アメリカのアカデミー賞で短編ドキュメンタリー賞を獲った「ホワイト・ヘルメット」なる作品が大々的に紹介されており、短編なら直ぐ見終わるだろうと再生してみたのだ。冒頭、絵になる子供が助け出される映像から始まり、その後も同情を誘うガチガチなベタさで進行するため、何処かしらの勢力が遠回しに作ったプロパガンダ作品的な意味合いを感じなくも無かったが、防ぐ手立てもなく降り注ぐ爆弾に蹂躙される街並みや、「敵も味方も関係なく助ける」と明言するシリアの民間防衛隊ホワイトヘルメットの身体を張った救出活動を見ていたら、シリアの実情が十分伝わって来て溜息が止まらなかった...









久しぶりに見た戦争ドキュメンタリーに変なスィッチを押され、続けざまにイラク戦争をその身に刻んで来た"とあるジャーナリスト"視点の「明けない闇の果て」を見たのだが、これがとんでもなく生々しく後味の悪い作品で、自分の抱えた闇を共有させようとするジャーナリストの目論見通り罪の意識を植え付けられてしまった。特にボカシも入れずテロリストの残忍なやりようと、それに対するアメリカ兵の心が麻痺して行く様を見せられていたら眉間の皺がどんどん増えていった....


Netflix「明けない闇の果て




なんだかんだ日本人で本当に良かったと思う。爆弾は降らないし、道路が爆発することも無いのだから。核爆弾や地震の被害に合った方や、電車に飛び込まざるえなかった人達からしたら、そうは思えないかもしれないけれど。


シリアやイラクのことを知ったところで何ができるわけでもないし、何かしようとも思い立てないが、世界の何処かで僕らとなんら変わらない命が無為に損われている事実だけは忘れたくないし、生あることを喜べる自分になりたいと思った。


さぁ今週も月曜日を始めよう。

生きてさえいれば、たまには笑えることもあるのだから...

posted by lain at 07:00 | 北海道 ☔ | 映画 ドキュメンタリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする