2016年12月30日

終わりと始まりが近い今だから思うこと

 ようやく待望のお正月休みに入り、存分にだらけようと思ったものの、なんやかんやで出歩いたり掃除したりでやっぱり年末は忙しい。今朝も飲まず食わずで除雪や風呂掃除に突入して今やっと人心地ついた。

 誰かが「俺が休む時は死んだ後だ」と言っていたけれど、僕はもっと休みたい...




 まあそんな愚痴も生きていればこその話。今朝ほど根津甚八さんが亡くなったニュースに気づいてしみじみそう思った。嬉しいのも腹立たしいのも哀しいのも楽しいのも、その全部が生きているから感じられる物。どんな辛い感情でも、”それ”をそれとして認識出来ることだけは喜んで良いのかもしれない。生きてさえいれば、未来への可能性は0では無いのだ。

 そんなことを言ってる僕の人生は”諦め”に染まった人生なので、某バスケット漫画のように「諦めたら、そこで試合終了ですよ」なんて胸を張って言えやしないし「生きてなんていられないよ」と思い詰めた人をどうにかしようとも思わない。他人には分からない苦しみがその人にはあるのだろうから。でも、自分より生きようとして生きられなかった人を目の当たりにして、それでもまだ生ある自分の不甲斐なさを棚上げにしてまで死にたいと口に出来る人がいるのだろうか?少なくとも僕には出来ない。最低な人間だけど、そこまで恥知らずにはなりたくはない。

 今年も沢山の人が亡くなった。テロで天災で事故で病で寿命で。人が死ぬのは何も珍しいことではないけれど、本人の意思に関わらず訪れる死は兎に角遣る瀬無い。今年一番辛かった死は、オタクな僕らしく”水谷優子”さんだった。誰にも病気のことを知らせず、亡くなる直前までラジオの仕事をこなしていた彼女の声を聴いていると、ただただ涙で前が見えなくなっていた。水谷さんと長年一緒にラジオをやってきた”あかほりさとる”氏が、悲しみと怒りがぐちゃぐちゃのまま彼女と作り上げたラジオ番組最後の収録に挑んでいたのも忘れられない。

 他にもスネ夫役でお馴染みの”肝付兼太”さん、「笑ウせぇるすまん」の”大平透”さん、プラネテスのハチマキやハイキューの烏養繋心役”田中一成”さんまで、印象的な役者さんが次々と亡くなられて辛い一年だった。実写もアニメもどんどん本格派な役者が去って行く。人生を削ってまで演技をしない若者ばかりになって、この先演じる世界は大丈夫なのだろうか?と、老婆心的な不安が頭から離れない。




「下を向くんじゃねぇー!バレーは常に上を向くスポーツだ!!」

 烏野バレー部が挫けそうな時、烏養コーチはそう言った。最高に痺れる瞬間だった。

 きっとこのシーンに心打たれた役者達が、今度は自分の番だと頑張ってくれるものと信じたい。

 死は生の糧にもなるのだから.....
posted by lain at 10:10 | 北海道 ☔ | 日記 訃報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする