俺には俺の、お前にはお前の青春がある『懐かしファミコン パーフェクトガイド: いまもあそべる せいしゅんの8ビットゲーム』(株式会社QBQ 著)

最近また、公式・非公式を問わずレトロゲームが注目されている。複数のハードに対応したエミュレーター機が国内メーカーから発売されたり、人気のタイトルが初めから入った手のひらサイズのファミコンまで出た。海外のセガも新型メガドライブを発売すると言うし、最早懐古趣味の枠に収まらない状況だ。


まあだからと言って若い世代にレトロゲームを無理強いする気も無いし、その必要も無いのだけど、もしも興味はあるけど何を遊べば良いか分からないという人が居るなら、本書(ファミコンオンリー)に背中を一押しして貰うのも悪く無いかもしれない。


懐かしファミコン パーフェクトガイド: いまもあそべる せいしゅんの8ビットゲーム -


懐かしファミコン パーフェクトガイド: いまもあそべる せいしゅんの8ビットゲーム -



突始めこそファミコン狂いな芸人のどーでも良い話だが、その後の売れたソフト・糞ゲー・ラスボスが印象的なゲーム、更には美少女が登場するゲームや二番煎じなゲームまでランキング形式で紹介しているコーナーや、「現役中学生が"はじめて"ファミコンやってみた!」という今時感溢れるコーナーも面白かった。字が読みにくい、難しい、作った人の性格を疑います!などなど、クソミソに言った挙句「ファミコンって、日本のゲームじゃなくて、海外のゲームみたい。」と言い放つJCの素直さには頭が下がる。



他にも「ゲームは11時間」という言葉が広まった理由や、中国のバッタもんファミコン、非公認お色気ゲームなど、ファミコンの旨味が満遍なく収録されていて悪く無い本だった。やったことのあるゲームだけでなく、やったことの無いゲームの話も楽しいもので、なんだか無性にファミコンのカセットが欲しくなった。どうやらまだまだファミコンには未開の地があるようである。



 売れなくなって、どれくらい経ったか分からなくなるほど低迷している据え置きゲーム機ではあるけれど、昔は本当に据え置き機、特にファミコンは夢の装置だった。


ACアダプタをコンセントへ刺し込み、同軸ケーブルをTVに繋ぎ、チャンネルを1chに合わせ、カセットの調子を伺いつつ基盤へ填めたなら電源を入れる。上手く起動してもしなくても、遊ぶまでの準備も含めて一つ一つが楽しい時間だった。



 ”だった”と過去形で話さなければならないのも、僕が多分に齢を取り、もうそんじゃそこらのことで驚きを感じない世代になってしまった証拠なんだろう。正直今のゲームはどれも作業感が多くて、楽しいより面倒臭い。それでもやめないのは、何もしないよりしていた方が気が紛れるから?自分でもよく分からない。


 「昔は良かった」と口にする大人には、絶対なりたく無いと若い頃は思っていた。けれどこうして大人になった今は、実際昔は良かったのだから、そう感じて当然だと考える自分がいる。僕らが世界を”新鮮”だと感じられる時期は限られており、ある一定の時期を過ぎると、あらゆる物が昔から存在する”何か”から派生した物であることに気づいてしまう。だから人は皆、その一定の時期を指して「昔は良かった」と口にしたくなるのだろう。懐かしんでいるのは、物ではなく失った気持ちなのだ。


そして、そんななけなしの想いを若者に一蹴されない為にも、いくら二番煎じでつまらないと感じる今であっても、それらを新鮮に受け取っている世代がいる事を僕のような中年は忘れてはならないのだろう。



きっと、一つ所に留まらず、世界中の文化を直に触れて回っていれば、新鮮な気持ちを末長く携えたまま長年生きて行けるに違いないが、そんな暇もお金も度胸も僕には無い。VRの世界がよりリアルな物になり、狭い自室が宇宙のように広大な物へと変貌する時代が来たならば「昔は良かった」と感じることが激減するのかもしれないが、そんな時代はまだまだ遠そうだ。



お気に入りの服だったからといって、大人になってまで子供服には袖を通せないけれど、捨ててしまう必要はない。その服のサイズに合った誰かが、きっと何処かに居るのだから。