命と引き換えの愛なんて僕は要らない「アンナ・カレーニナ」ジョー・ライト(監督)/レフ・トルストイ(原作)/感想

この前観た映画のタイトル繋がりで、本作を観出したものの、よくよく考えたらアンナじゃなくてハンナだったと言うから、相変わらずな自分に呆れてしまう....





帝政が残る時代のロシアを舞台に、政府高官を夫に持つアンナの許されざる恋の行方を描いた作品で、題材は酷くありふれた男女の話である。しかし、チャン・イーモウ監督の「紅夢」のように、一度甘美な物を味わったが最後、失う怖さに捕らわれ醜く歪んでゆく女の描き方や、それと対照的に自分の欲望を殺して生きて来た農場主の男の堅実で慎ましやかな愛の温かみがなんとも言えない仕上がりで素晴らしかった。

なんと言っても舞台上で物語が進んでいるかのように感じさせる演出手法が巧みで、まるでテンポの良い舞台作品を観てるみたいだった(舞台裏への移動や扉の開閉、おもちゃの汽車まで使い場面転換を行っている。ステージ上で何やらやっている時に、下では男が箒で掃除中なんていう絵面まであって、ただそれだけでも愉しめる映画だった)



あまりに昔から主導権を持たない存在であるが為に忘れがちだが、日本はかつて”帝政”だった。今のように象徴としてだけの帝ではなく、実質の権力を持った帝が居たのだ。

それが辞めることさえ周囲に伺わなければままならないお飾りになってしまったのは何時からなのか?西暦794年に始まった平安時代に、藤原氏が”摂政”と言う実質の有る存在になったのが始まりだったのだろうか?

なんにしても、日本における”王様”は早くに力を失った。紀元前から20世紀まで皇帝が続いた中国や、1200年代から1900年代まで皇帝が居たロシアなど、隣国に眼を向けてもそれは明らかだ。しかしまあ、そのお陰で滅ぼされず今に至るのだから、大したものではある。もしかすると脱獄を夢見る虜囚のように、復権に向け準備していたりするのかもしれないが....



権力を持った王の時代が長い国になればなるほど、こういったスキャンダラスな出来事が歴史の中に目白押しだったりするのでしょうね。






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