庵野に会いに行った先で、ゴジラと入籍した気分だった「シン・ゴジラ」庵野秀明(総監督)/樋口真嗣(監督)/東宝/感想

「◯◯◯一枚下さい」

 なんて久しぶりに口にした。春先に映画へ行こうと思ったら、映画館など無い地域へ出張が決まり行く気を削がれたし、普段はオンラインでチケットを確保出来る劇場で映画を観ているから尚更だ。

 本当にいつ振りなのだろう?などと悠長に考える暇も無く、仕事終わりに滑り込んだ映画館。勿論観たのは庵野秀明と樋口真嗣がタッグを組んだ「シン・ゴジラ」だった。





 本当の本当に、これっぽちも特撮への執着が無い(本当はそこそこ好きですよ(はぁと))ような人生を送って来た僕としては、庵野監督で無ければ絶対ゴジラを劇場で観るなんてことはありえない話である。なにせ末っ子の僕は姉達や親とのチャンネル争いに負け続け、ウルトラマンや宇宙刑事物を最初から最後まで観るのは不可能だった。仮面ライダーだって大人になってから目覚めた程度の免疫しか無い。それがゴジラになると更に興味が無い話になる。小学校の頃、同級生達がゴジラだ!モスラだ!と騒いでいた風景が思い出されるばかりで、それ以下でもそれ以上でもありはしなかった。

 そんな僕でも今回のシン・ゴジラは面白かった。若い世代にも分かり易く例えるなら、踊る大捜査線に巨大生物が登場したような内容です(踊る自体エヴァからの影響が強いし、エヴァはエヴァで昔の特撮から影響を受けているのだから、この例えは以外と不穏当かもしれない) 踊るのようなギャグはほとんど無いものの、個性的な役者が非常に多く配置(竹野内豊石原さとみのような受けの良い役者もいれば、塚本晋也さんやマフィア梶田くんまでいる)されているため、庵野さんらしいテンポと間の取り方が上手い会話シーンが成立していて、あまりの小気味良さに思わず笑ってしまった。

 もう兎に角、実際にゴジラが現れた場合、国はどう対処していく事になるのかを、行政に協力を仰ぎ入念に調べ上げた結果の産物でスクリーンは埋め尽くされていた。政治家が、消防が、警察が、自衛隊が、そして一般人が、ゴジラという自然災害の前でどう動き、何が出来るのか?そういったディティールが実に良い。形式ばかりで滑稽な行政機関に対し、「仕事ですから」と現場を代表してサラリと言い放つ”國村 隼”さんの格好良さったら無かった。久しぶりに自衛隊頑張れ!と思ったりもした。



 肝心要のゴジラだが、これもまた凄かった。初登場シーンでは「なんじゃこれ!」と驚かされ、再登場シーンでは夜の東京を恐ろしいまでに美しく破壊し、ただただ見惚れてしまった。リアリティのある動きをちゃんと演算して作れる時代に、昔の特撮の味を忘れず落とし込んでいるのがまた面白い。家家をなぎ倒し、船舶や車を除雪するように跳ね除けていくゴジラは、目覚めたばかりの無邪気さで戯れているようで、不謹慎にも可愛いと感じた。

 最後は寄ってたかって人類様が彼を虐めることになるが、物言わぬゴジラの勇姿には色々と考えさせられた。先も上げた夜の東京での大暴れの際、現体制の全てを破壊し尽くした後、眠りにつくゴジラが僅かに見せた哀愁からも、もしも政府相手に鬱憤を晴らすことに成功しても、こんな表情で虚しさを噛み締めることになるだろう、というメッセージを感じ、短絡的で貧しい思考を見透かされた気分になった。共通の困難が現れないと結束出来ないのは、相変わらず人類の残念なところではあるけれど、人間が己を見つめ直すきっかけを生み出せるだけのエネルギーがゴジラには在ったのだと、この歳になってやっと知れたのは嬉しいことだ。





 この出来ならエヴァを後回しにするのも十分理解出来る。彼方此方見所満載で飽きさせない良い映画だ。個人的にはエンドロールまで痺れっぱなしだった。なにせ本作同様ゴジラの為に関係各所がこれほど集まっているのだと痛感出来るエンドロールだったのだから。

 こんな庵野を待っていた

 こんなゴジラを作りたかった

 こんな映画を観たかった

 様々な”こんな”が、シン・ゴジラを待って居たのだと思うと、ただそれだけで胸が熱くなる季節である......









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