こんな源氏もあったもんだっ「ギケイキ 千年の流転」町田康(著)/河出書房新社/感想

 源義経と愉快な仲間たちのことを、"町田康"さん流の嚙み砕き方で(嚙み砕くなんていう生易しい物ではない)紐解いた本書を読んだ後、ネットで源義経の生涯について眺めていた。普通ならば出世は望め無い九男ゆえの出世欲が目に付く生き様である。これじゃあ人を信じ切れない頼朝じゃなくとも扱いに困ったことだろう。

 客観性を若干欠いたネット上の文章を見る限りでは、義経の型破りな戦略による快進撃で源氏が国の頂点に返り咲いたように見えるし、たとえそれが義経の実力以上に時流のおかげであったとしても、平氏を滅ぼした途端お役御免と義経を切り捨てた頼朝のやりようには非道を感じる。

 だから、世の中の義経に対する同情票の多さも実に分かる話ではあるが、政争とは初めから非道で正々堂々なんて言葉とは無縁なのが当たり前だから、これはひとえに義経より頼朝の方が人を使うのが上手かっただけの話なのだろうとも思った。なにせ乱世の時代である。今のように選挙を行い無血で国を主導する者達を選ぶことなど出来るわけもなく、一歩間違えれば頼朝が義経に討たれ悲劇の存在として後世に残っていたとしても不思議ではない。

 歴史というのは、生き残った者達が勝手に書き記すもの。そして、そんな文献から我々”後世”の人々が更に勝手な解釈で受け取ることになるのだから、もう何が真実なのか分かったものではない。それでなくとも800年以上前の出来事なのだ。義経の生きた時代が、現代のような情報化社会であったら、あらゆる角度から源氏と平氏の泥沼な争いの正体を細部まで見極められたかもしれないが 、そうなったらなったで輪郭がハッキリし過ぎて夢想する余地が無くなり歴史が酷く味気ないかもしれないけれど....




 それはそうと、町田康さんの嚙み砕き方は本当に面白かった。要所要所での詩的な比喩表現は痺れるし、実際にはとても生臭い出来事であっても、現代人も真っ青な言葉遣い(というかひと昔前の若者っぽい喋り方だから懐かしい気分になった)で会話が構成されているおかげで良く笑えた。私欲の為に大勢を巻き込んだような人達であるし、これくらい滑稽な扱いの方がしっくり来るようにも思う。町田康さんの思い描く義経像は、菊門の心配ばかりしている"美形"で、早業と言われる高速移動を会得した超人であり、性格は我儘で完全なる自己中野郎だが、"馬鹿な子ほど可愛い"ところもあって何処か憎めない。よく義経とセットで語られることの多い弁慶の話も掘り下げられていたが、同じように馬鹿な子ほど可愛いが当て嵌まる阿呆で、つい町田さんの「告白」に登場する主人公が弁慶にダブってしまった。町田康さんはよほど不器用で愚直な男共が好きなんですね。阿呆ですね。僕も大好きですけどね。



 まだ頼朝にさえ出会っていないところで終わってしまうギケイキ。勉強不足な僕にとって、ギケイキは歴史を楽しく学ぶ教材になりました。良いワインを飲む為に、ワインを熟知する必要など無い。ワインを熟知した信用に足る人物を見つける目があれば良い。面白おかしく義経の歴史を教えてくれる町田康さんを見つけることが出来た僕は本当に幸せ者である。











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