"作らざる者語るべからず"そんなこと分かっちゃいるけれど.....「ハーモニー」伊藤計劃(原作)/なかむらたかし、マイケル・アリアス(監督)/STUDIO 4℃(制作)/感想

世の中には”中身”を無視した生理的嫌悪というやつで、出合頭から受け付けないという事がままあったりして、悪くすると見た目だけで「さようなら」と言いたくなる出会いもある。長いこと観るのを先延ばしにして来た「ハーモニー」も、そんな第一印象の悪い作品になってしまった。






亡き”伊藤計劃”氏の残した一連の長編をアニメ映画化するプロジェクトの一環として作られた本作は、よほどフジテレビ内部に伊藤計劃ファンがいるのか実に豪華なスタッフが集まりプロモーションも大掛かりであった為、当初から注目を集めていた。幾ら文章ならではの味わいがあるとは言え、これだけの原作とスタッフを使うのだから間違いないはずだと、僕も一抹の不安など片隅に追いやり楽しみにしていた。ところが、出来上がった映像を見て、「あれ?これが俺のハーモニーなのか?....」と、素直に思ってしまったのだ.....

”redjuice”氏の絵を再現し切れていないCGキャラののっぺりした質感もそうだし、人間をWatchMeと呼ばれるナノマシンで管理している未来とは言え、僕のイメージした世界とは掛け離れた都市のデザインがやけに大袈裟で2030年代という舞台として受け入れ難かった。構成にしても尺の問題で端折られ、管理社会から外れた埃っぽい戦場の退廃的な描写や、トァンとミァハに次ぐ3人目の少女キアンを掘り下げる部分が原作と比べて物足りなかった。

声に関してはなかなか良かったように思う。主人公である”トァン”を演じる沢城みゆきは相変わらず可愛らしさとドライな雰囲気が入り混じった声で良かったし、周囲を囲むキャストも榊原良子さんや大塚明夫さん、三木眞一郎、洲崎綾など個人的に俺得過ぎた。ただ、ハーモニーで一番大事なキャラであるミァハの声がどうもミスキャストだった気がしてならない。小説の映像化には付き物な話ではあるけれど、上田麗奈の声質は僕のイメージするミァハではまったく無かった。沢城みゆきがミァハであったなら、こんな違和感を感じなかったかもしれない。もっとセリフに重力を感じたかった。何処となく風情が似ているパトレイバーの劇場版第2作目が成立したのだって、竹中直人さんや根津甚八さんの渋い声があってこそだった。無益と分かって居ても、「もし押井守が撮っていたら」と考えてしまう自分が愚かしい。





こんなことならいっそドラマCDの方が良かったと思うほど、僕の思い描くハーモニーでは無かったけれど、所々良い作画が見れた(多脚車両の動きや、残虐描写の質感など)し、”なかむらたかし”監督作品らしい不安感を煽る音の扱いも上手く、個々の仕事は良く出来ていたからこそ、”ハーモニー”(調和)であるはずなのに”ディソナンス”(不協和音)に終わったことが残念でならない。

後からあーでもないこーでも無いと言うのは僕の悪い癖だが、そもそも治りそうに無い病を抱えた伊藤計劃氏の鬱々とした感情が根底で静かに燃えている作品の映像化自体無茶だったというのもある気がした。1人の脳から滔々と溢れ出た、百合であって百合で無く、露悪趣味な一面が有りつつも全体的に詩的な味わいというやつを完全に映像で再現するだなんて、作者本人にも無理に違いない。


もし伊藤計劃さんがまだ生きていてハーモニーのアニメ化を見たとしたら、制作陣にクレームの一つも入れるだろうか?それとも自作の粗を見つけて嘆くだろうか?

いや、そもそも伊藤計劃さんは死して完成した作家でもあるし、こんな劇場アニメの計画も存在しなかったかもしれない。伊藤計劃さんをより多くの人に知って貰えただけでも意義はあったことでしょう。本当にまだまだ作品を輩出して欲しい作家さんでした....








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