忘れてはならない5年。忘れなければ進めない5年。

東日本大震災から5年

少し前からテレビにラジオにインターネットと、あらゆる場所で節目の5年目を取り上げていたせいもあって、自分も何かあの震災について考えようかと柄にもなく頭を捻った結果、ゲーム脳らしく「絶体絶命都市」でもやってみようとチュートリアルを眺めてみたものの、馬鹿馬鹿しい一文が付け加えられている段階で早々と冷めてしまった。

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PS2時代のローポリだからこの程度のリアリティしか出せないのも分かる話であるし、ゲームなのだから怖いとか苦しいという感情ばかりを揺るがす内容ばかりではユーザーが最後まで遊び続ける気持ちを失うという面もある。だがしかし、もう本当の脅威を間接的ではあっても体験してしまった僕ら日本人には、こんな些細な事一つでさえ気に掛かってしまわないだろうか?許可さえ得られれば、実際に銃を携帯出来る国や、幼い子に大国への憎しみとライフルの撃ち方を自転車に乗るより早く教えるような地域では、エアガンの需要がほとんど無いのと同じように、本物が身近になればなるほど仮の世界の存在意義は"逃避"以外に無くなってしまったように思える。自粛の波に押し潰され、一旦白紙に戻った絶体絶命都市4にしても、圧倒的な現実の前に発売したところで、見向きもされなかったかもしれない。


もう5年。まだ5年。感覚はそれぞれあるだろうし、"自分の事で精一杯だからそれどころでは無い"という人だって大勢いるに違いない。僕も急な出張でバタバタして震災を振り返る余裕など無かった。何もかも背負って歩き続ける事が出来るほど僕は強く無い。

しかし、家族や家を失い、慣れ親しんだ生活圏を見えない物で汚染されるという直接的被害を受けた人々の比では無くとも、僕も含め誰もがあの瞬間から自分の中で何かが変わったはず。せめてこの日だけでもあの震災の事を想って過ごしたいと自然に思う程には。。。

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