今まさに観るべき映画だ「野火」塚本晋也(監督・脚本・編集・撮影・製作)

 とうとう70度目の終戦の日の朝を迎えた。

 柄でも無いが、70年も大きな戦争に巻き込まれずに済んでいるのだと思うと、案外感慨深い物がある。人の心も文化と共に移り変わる中、果たして日本は100度目の終戦を迎えられるのだろうか?

 それに、日本人の平均寿命は80歳そこそこで、最高齢でも110歳前後。と言うことは、あの大戦を知る生き証人が100度目の終戦記念日の頃にはほとんど居なくなってしまうわけで、日本の歴史上100年200年と長いスパンで大きな戦争をせずに済んだのは江戸時代ぐらいであることを考えると、今の静かな日常も風前の灯火のように思えて切なくなる....






 僕はまるで戦争と縁の無い平穏な日本を生きて来た。貧乏でも腹一杯飯を喰らい、誰に襲われることも気にせず眠り、下らない冗談で笑顔になれる日々だった。

 そりゃ嫌なことだって人並みにはあったけれど、人生も半ばに到達して振り変えってみて悪くない人生だったかな?と、思えなくも無い。

 少なくとも、70年以上前に戦場で散った人々よりは幸せなことだろう。







 太平洋戦争末期のフィリピンで、食料も弾薬も尽きて戦うどころか生き抜くことさえ不可能に近い兵士達が極限状態に陥り、芋の奪い合いから果ては共食いに発展してゆくという遣る瀬無いストーリーには、口当たりの良さなど微塵も無く、最期の最期まで救いようの無い罪の重さだけが脳内に響き続ける映画でした。

 主人公の田村があちこちたらい回しにされる出だしや、手榴弾の爆発で千切れた自分の体の肉を田村が思わずパクリとやるシーンなどには、つい笑えてしまったけれど、本当に隅々まで生きることの無様さと雄大な自然の対比が配された映画なので、諸行無常な世界の理を体現していました。


 低予算だから安っぽく見えるところもあるし、敵兵や派手なシーンも少なく、気の利いたセリフだって有りはし無い。なのにグイグイ引き込まれる。自分でなんでもこなす塚本晋也監督が必死に土まみれの芋にかぶり付くシーンだけでも一見の価値がありました。アイドル畠のちゃらい役者達とは映画に賭ける情念の大きさが明らかに違います。

 一人称視点が多く使われているから、尚更戦場に自分が居る気分になってしまって、映画を観て12時間以上経過した今も形容し難い感情に纏わり付かれています。

 やり過ぎだと言われそうな機銃斉射で日本兵が薙ぎ払われるシーンや、田村の破綻しそうな精神状態を表したシーンなどは、まるで現実感が無く地に足が着かない浮遊感があるけれど、それすら戦場の臨場感に思えて来るのが不思議です。

 罪の意識の重さに耐えかねて、徐々に自らを正当化することに終始し出した今の日本の先頭に立つ者にこそ、この作品を観て欲しいと思いました。








 戦争を知らない僕らが、この先戦争を選ばずに生きて行くには何が必要なのでしょう?

 自分の命を捧げて他者の望みを叶えるのも何か違う気がするし、何より自分だけの意思ではどうにもならないのが戦争です。

 せいぜい自分の手が届く範囲にいる人々に、戦いを選んだ先に待っている地獄に想像の翼を羽ばたかせてみて欲しいと話しをするくらいしか、僕らに出来ることは無いのかもしれません。



 無駄にバジェットが有ったら塚本映画らしさが損なわれてしまうかもしれないが、何故に今の日本に必要だと思えるこの映画にスポンサーが出資しないのか不思議でしょうがない。人間悲観だけでは生きていけないが、楽観だけでは大事なことを見失い同じ罪を繰り返すことになると思うのです。戦争に英雄も美談も要らない。虚しさだけが、この先の戦争を思い留まらせる原動力になるに違いありません。

 野火が灯した絶望と言う名の希望が、これから先の日本に少しでも残って行けば幸いであります....






 公式サイト http://nobi-movie.com





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