ただただため息が出る美しい残酷さだ...「ラギッド・ガール 廃園の天使Ⅱ」飛 浩隆(著)/ハヤカワ文庫

 昔から僕は宗教が嫌いだ。

 ありがたい御言葉を守って楽になるくらいなら、カウンセラーにお金を払って無駄話でもした方がマシだと思うくらいに。なんというか、自分の意志を感じない信仰は不愉快なんですよね。言われる通りにしていれば良いんだという感覚で生きていたく無いんです。これは勉強でも仕事でもそうです。

 たとえば周囲の忠告に従い、その結果失敗したとする。でも、この時自分の意志で決めたと言う確たる想いが無ければ、忠告して来た相手へ憎しみを向けたくなりませんか?そういう貧しくて惨めな心に付け入るのが宗教なのです。自分たちが必要とされない世の中の方が良いのだと、本気で公言している非営利団体でも無い限り、この地上から消えていただきたいとさえ思っています。でもまあ、そんなこと言っても周りに迷惑かけなきゃ個人の自由ですよね宗教は。どうせ僕の宗教嫌いというのもある種の信仰ですし。



 宗教の話をすると、どんどん話がズレてしまいますが、文化と言うものも一種の宗教であります。歌でも映像でも文字でも、作り手の意志や想いが反映されているものだから、受け手は少なからず人格形成に影響を受けます。なかには大好きな作品や作り手を馬鹿にされたら本気で腹を立てる人も多い。そういう人達を挑発するように信者と呼ぶのもあながち間違った表現では無いのかもしれない。

 僕は信者と呼ばれたく無いし呼びたくも無いが、飛浩隆さんほどのSF作家が相手であれば信者と呼ばれることも享受出来るというものだ。




 飛浩隆さんの代表作である「廃園の天使」シリーズは、いわゆる仮想空間物。人間が自分に似せた情報体を仮想空間へ送り込み、その情報体が得たデータを人間が後で楽しむというサービスが存在する世界観を描いた物語で、一作目の「グラン・ヴァカンス」では、仮想空間に住むAI達の目線という限られた状況で進行するのが実に面白く、今回読み終わった「ラギッド・ガール」では、AI目線で謎だったことが次々と明らかになり、グラン・ヴァカンスの主要人物のサイドストーリーなどもあって、より世界観に深く入り込めました。

 むろんSF小説だから専門用語がこれでもかと詰め込められていて、頭がパンクしそうになるのですが、飛さんのSF造語<情報的似姿・官能素空間・数値海岸>はハイセンスで艶かしいですし、屈折した欲望のままに現実も仮想も関係無く邁進する人間の恐ろしさや、ただの数値でしか無いはずのAIや仮想空間を生々しく感じる独創的な表現力に引っ張られてついつい読んでしまいます。



 飛浩隆さんの書く物語というか世界は、実に残酷で美しく官能的。現実と仮想の境界が揺らぐ世界の中で、グロテクスなまでの渇望が渦巻く様は恐ろしく混沌で儚い。僕らが無意識に蓋をしている救いようのない願望の正体を、物語を通じてこれでもかと突きつけて来る飛さんは、ドSの皮を被ったドMに違いない。

 僕はSF小説を多少なりにも読むようになったのは最近のことだし、読んだ数もたかが知れている。もしかしたらこの先もっと凄いSFに出逢う可能性も大いにあるけれど、あえて言いたい。この手の方向性の作品で飛浩隆さんを超える作家はまずいないだろうと。



 人と人ならざる者の屈折した愛憎こそが真髄である飛浩隆作品が教典の宗教になら、持論を曲げて入信も止むを得ないですね(´・ω・`)<そろそろ次が出るかも....


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