憎いほどに愛しい人「ユリイカ 2014年 11月号 森博嗣」

 森博嗣さんの特集という事で初めてユリイカを買ってみた。


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 何度となく色んな書籍で森さんの持論は読んでいたので、メール形式のインタビュー記事にそれほど目新しいことは無かったけれど、同業者や森さんの本の表紙を手掛けた面々の絵やコメントが充実し過ぎで、雑誌の一特集というより森博嗣解体新書というべきムック本の様相を亭していて読み応えたっぷりでした(ていうかまだ全部読めてないw)


 インタビューの中で、魅力的な専門誌でしか”マイナでディープな領域へのジャンプ”は味わえないと森さんが答えていましたが、ユリイカもかなりディープな場所まで侵入していたと思います。これだけ多方面から森博嗣を観測した雑誌は無かったのでは無いでしょうか?


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 ただ、やっぱり森さんの生き方を知れば知るほど、スキを見せないのが可愛げがなく思えて来ます。ユーモアのセンスはお茶目なんですけどね。あそこまで客観視して物事を考えていたら、生きるのが辛く無いのだろうか?


 森博嗣さんの考え方は好きだし、ためになる。それに大抵正しい。森さんのような人に学問を教えて欲しいとさえ思う。でも、僕は喜怒哀楽が良く見える人が好きだ。正しい選択が出来ずに感情に走っても良い。泣いて笑って弱さに振り回されながらも立ち上がるような人が愛おしい。一度で良いから感情を露わにした森さんを見てみたいですね(森博嗣さんと会ったことがある方は、口々に優しい人だと言っているし、書き言葉では伝わらない人間味が実際には当然あるのでしょう)






 それにしても森さんは罪作りな人です。


 ご自身にそんな意識はまったく無いことでしょうけど、森博嗣イズムに魅了された人々がファッションとして森さんの思考方法をトレースし、それこそが是であると心酔した人まで中にはいる。森さんの意図を曲解しているだけではあるのですが、森博嗣さんが求められるままに蒔いて来た種があらぬところで芽吹いた感は拭えません。少しは自分が蒔いた種の行方を気にして頂きたいものだ(ついでに「すべてがFになる」のドラマ版もなんとかしてくだs......)



 個人主義が主流になりつつある現代において、森さんのような思考の流れは実に理想的ではあるけれど、大勢が森博嗣さんになるのは正直美味くない。


 「何故メインディシュばかりではいけないのか?」


 森さん好きならそう問うことだろう。


 しかしよく考えて見て欲しい。例えば美味しくステーキを食すためには、前菜があった方が肉の味が引き立つのでは無いですか? もしも皆がアイドルになってしまったら、誰がファンとしてCDを買うのでしょう? 


 森博嗣という特別な人がいて、僕という普通の人間もいる。ただそれだけで何が悪いのか?




 傍から見て”叶えてしまった人”の「やれば出来る」ほど絶望を与える言葉は無い。どんな居場所にも定員数があり、それを掴み取れるのは才能や野心の大きさ次第だというのに、そのどちらも持ち合わせて居ない人に”可能性があるのに試さないのか?”と焚きつけるのは、罪深い以外のなにものでも無いのです。


 やってみようと思えるかどうかも才能です。有る人には無い人の気持ちは分からない。無い人にも有る人の気持は分からない。きっと分かりたくもないだろう。もしかしたらやってみようと思える日が訪れるかもしれないが、今はその時ではないという人も大勢いるはず。


 何をどう言い繕っても、妬み・やっかみがついて回るのは仕方が無い。実際そういう側面が人間にはあるのだ。自尊心との折り合いを付けるのは本当に難しい。




 愛するがゆえに憎い。一向に孵化しそうに無いまま腐ってゆく僕にとって、森博嗣と言う人は実に悩ましい存在で間違いない....


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