すべてがW(Why)になる.....「すべてがFになる」武井咲・綾野剛(主演)/森博嗣(原作)/フジテレビ/感想

昨夜改めてTwitterというかSNSを凄いと思った。少しでも「そうだその通りっ!」「それを知りたかったっ!」と感じた言葉があれば、物凄い速さで拡散してゆくのだから。







森作品の原点と言える”S&Mシリーズ”が今回初めて連続TVドラマ化されたものの、あまりに原作ファンのイメージと違うキャスティングと演出方法に憤る視聴者が後を絶たない。たまたま見つけた森先生のコメントをハッシュタグ付きで呟いただけで、これほど多くの人にRTされている事実からも


『こんな酷い実写化に森先生はどう感じているのだろう?』


『森先生がクレーム付ければなんとかなったんじゃなかろうか?』


と、モヤモヤしていた人がいかに居たかが分かります。




1話の初っ端で萌絵と相対する真賀田四季のキャスティングからしてコレジャナイ感出していましたが、まだ武井咲さんは及第点だった。ところが綾野剛くんの人間味が溢れすぎている犀川先生はまったくの別人としか言いようが無く、見てくれもそうだけれど、性格や話し方の雰囲気がまるで違う。


もっと俺たちの犀川先生は、興味の無いことには全然喰いついて来ない面倒臭がり屋で、タバコとブラックコーヒーを常に手の届くところに置きつつ、乾いた瞳で何かに没頭していて身なりに頓着しない変人だと思う。逆にそういう人物だからこそ、萌絵や研究室のメンバーや友人達のことを気にかける場面が活きていて、ファンの気持ちを掴んで来たキャラでもある。これは僕だけの勝手なイメージでは無いはずだ。



小説と同じ雰囲気を目指すことは難しいと、あえてTVシリーズの独自性を出したのだと言うのならばそれで良いのかもしれない。だがその独自性さえ怪しく感じる演出方法ばかりなのだ。安いCGを入れてみたり、自局がプッシュしてるアーティストの曲をOPに採用したり、中途半端なミスリードを入れてみたり、何をどう解釈したらこんな余計な物ばかりを足せるのか分からないほど安い......


どうせ予算的な理由だと思うけれど、もっと映画を撮るくらいの覚悟でやってほしかった。カメラワークは出来るだけ退いて欲しいし、CGでの演出は要らないし、森作品全体に流れる独特の間を大事にしてほしかった。キャスティングされた役者が可哀想に思えるくらい製作陣の気持ちが軽い物に見えて仕方ない。




もう原作発売から18年以上が経過しているので、あの頃目新しかったネタも今じゃ見慣れた光景になりつつあることも不安です。どうせ連続ドラマにするなら、ミステリーと娯楽性のバランスが良い「黒猫の三角」シリーズが良かった気もする。レトロな探偵物の雰囲気を上手く活かせれば、S&Mシリーズとの関係性を廃した脚本でも十分楽しめるドラマになったはずだ。名探偵コナン級に往年のミステリーっぽい「そんなの上手くいくのか?」っていう奇抜なトリックの数々にも目から鱗が落ちると思う。



全10話程度で終わりそうな「すべてがFになる」


おそらく完結後の展開は無いでしょうね。


知名度を活かした金儲けという以外、原作好きのほとんどが幸せを感じないドラマ化に何の意義があったのか?完結するまでに、少しでも僕らに感じさせて欲しいものです。伝えられる技量があるというのなら.....



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