尖り度200%の本気が残したものとは?...「もののけ姫」/宮崎駿/スタジオジブリ/1997年/感想

地上波で映画を流しても、めっきり数字を取れなくなった今の時代。

テレビで流す映画は賞味期限切れのお金の掛からない物か、最新作が上映中または上映間近な作品、そしてジブリの映画ばかりを流すようになりました。



しかも夏と言えばジブリだと言わんばかりにこの時期"日テレ"はジブリを集中的に流しますよね。夏休みが近かったり、夏休み最中だったり、ジブリの新作が公開されるのもこの時期が多いから当たり前なのかもしれませんが、世間のジブリ依存は思っていたより深刻なのでは無いだろうか? 流石にゲド戦記の出来の悪さを知った後の「コクリコ坂から」はTOP20に入っていないけれど、日本の歴代映画の興行収入ランキングの上位ほとんどは宮崎ジブリで占められているのもその証拠な気がします。

確かに宮崎アニメは面白い。空想世界と現実の愉快さと不愉快さを実に上手く配合し、作品を壊さない程度のサジ加減で宮崎駿イズムを入れて来るので、子供は子供らしく、大人は大人らしく鑑賞する事がちゃんと出来る濃密さがありますから。


そんな数ある宮崎駿作品の中でも、1番生身の人間への憤怒が表れた作品が「もののけ姫」だったように思えます。




冒頭、より良い生活を求め日進月歩を続ける世間からは一歩引いて生活しているコミュニティに属していた主人公アシタカが、村を襲ったタタリ神なる生き物の成れの果てを倒した時に死の呪いを受け、その呪いを解くために元凶を探す旅に出る。

その旅の道すがらアシタカは人と人ならざる者達の気高さに触れ、自分に降り掛かった災難が、生きようとするあらゆる存在によって引き起こされた連鎖であることを知ることとなります。

自然を壊し生きようとする人間 対 そのせいで苦しむ生き物達の構図がハッキリしているし、自分達が殺した生き物の皮を被ったりする人間がおぞましく描かれているから、やっぱり動物側への同情や自己反省をしてしまう人が多いかもれませんが、人間も自然の一部であることを見失ってはいけない気がします。宮崎さんのように極力自然を大事にしたいと思う人間も、自然を大きく破壊してでも自分達のしたいことをしたいと思う人間も、等しく自然の一部なのだから、どちらが絶対的に正しいというのは無いのです。


ただ、自然を破壊することで、最終的に損をするのが誰なのかを考えると、今の行き過ぎた発展が本当の意味で賢いやり方だとは言えないのも事実。もののけでも現実でも自分で自分の首を絞めているのは明らかに人間側ですよね。

それを赦せない宮崎さんは、人間でありながら動物として生きて来たヒロインの”サン”と、獣と人どちらの考えも客観的に見れる立ち位置の流れ者”アシタカ”にすべてを託すわけですが、彼らが鎮めようとする神”シシ神”が非常に怖い。

すべてを終わらせようとするシシ神の姿はまさに宮崎駿さんの怒りだけを切り取ったかのようだ。信じてもいないことを信じているような、不自然さを感じるアシタカよりも、はるかに宮崎さんの想いが込められていると思いました。

悪く言うと、自分の怒りを自分で慰め、人間である以上仕方ないと納得させるためだけに作った映画とも言えなくも無い....




同じように主人公がその身を捧げて人と自然を護ろうとする話である「風の谷のナウシカ」が、なんだかんだ心地よい風を残すエンターテイメントであったのに対し、もののけ姫は見終わった後残されたのは、宮崎さんの怒りに当てられ憤る心と、アシタカという不自然極まりない違和感ばかりでした。

セルだけではない撮影手法を意欲的に取り入れたり、超ビッグな俳優を起用したり、一度聴いたら忘れないテーマソングも含め話題作りが凄まじく、そのうえ世界観を支える植物や動物達の息吹は素晴らしいし、活気ある人間達の憎めない笑顔も良かったのに、何もかもがラストに近づくにつれて薄らいで行きました。


人間への激しい怒りと、それでもなお人を愛おしく思う宮崎さんの板挟みな気持ちが強過ぎたが為に、これほど後味が悪いのでしょう.....





いや、ホントまだまだ若かったんですね、こんなに怒りに身を任せて映画を作っちゃうほどに宮崎さん。

風立ちぬを作った今の宮崎さんが、いかに大人になったかが分かる作品でもあり、色んな意味で名作でした。

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