身体の大きさは、魂の大きさに比例しない「フリスビーおばさんとニムの家ねずみ」/ロバート・C・オブライエン”Robert C. O'Brien”(作者)/越智道雄(翻訳)/1971年/児童文学/感想

 ”児童書籍”と呼ばれるものは、大抵何かしらの『教訓』めいた事を伝えたがる。

 「ウサギとカメ」では初めから結果が分かっていることでも、気を抜くと上手くいかないものだと説き。

 「こぶとりじいさん」などは、欲をかき過ぎるとろくな事が無いから、無欲で謙虚に生きろと言う。

 しかし、どちらも昔話としては、あまり捻りが無くてつまらない(低年齢向けだから当然)。ただ将来真面目に野良稼ぎをするような子供を育てたいと願った人達が作り上げた都合の良い絵空事でしか無いのだ。

 同じ絵空事なら、僕は断然海外の童話が良い。”口減らし”のために親に捨てられた兄妹が、自分達を攫った悪い魔女を無惨に殺して金品を持ち去ると言う「ヘンゼルとグレーテル」のように、残酷な事実を平気で突きつけ世相を反映させた内容が非常に生々しく面白いです。日本に伝わる昔話も残酷で理不尽な内容のが結構ありますが、何処か泥臭い感じがして幻想的な雰囲気とは無縁ですしね。



 さて、初っぱなから話がズレてしまったけれど、今回読んだ「フリスビーおばさんとニムの家ねずみ」は、そんな贅沢者の僕や、若干大きくなって来たお子さんにピッタリな作品でして、本筋としては末の病弱な息子を護る為に奔走する母ねずみの奮闘記になっているのですが、その実、研究所のモルモットにされた経験のある”家ねずみ”達の冒険譚を織り交ぜることで、その家ねずみ達の生き様から1970年代当時の急激な進歩で無駄に便利になりつつある社会の中、人が人としてどう生きる事が本当の意味で大事であるかを訴える内容になってまして、ストーリーとメッセージ性のバランスが非常に上手いんです。

 同作家の「死の影の谷間」ほどの強烈なメッセージではありませんが、巻末のあとがきで訳者の越智さんがオブライエンさんの言葉を引用してらっしゃるのを読んで、けして70年代だけの話ではなく、現代にも充分当てはまる教訓だと感じました。


 『必要なものや欲しいものがいつでも簡単に手にはいるようになると、わたしたちは心というものをなくしてしまう。だから、わたしたちは自分たちの社会がまだ不完全であることを、喜んでいいのかもしれない』

 オブライエンさんは、だからといって全てを不便な状態に戻す事も出来ないと語っていたそうです。

 
 何処を通ってでも前に進みたがる人も時に必要だが、最短距離の答えだけが数学で無いのと同じで、同じ場所に到達するにしても、それまでの過程が本当の意味で大事であると、つくづく感じる良い本でした。

 ちなみに、こんな迂遠に書いていても偏った内容の本では無いので、人間のようにあれこれ考え行動しているねずみ達の生き物らしい可愛らしさも表現されており、子供が読んでも充分に楽しめます。

 
 元の絶対数が少ないオブライエンさんなので、和訳されている書籍が2冊だけでも仕方無いわけですけど、もう少し彼の本を読んでみたかったですね。

 幸運なことに、本作の続編をオブライエンさんの遺稿を娘さんが引き継いで書かれたものが同じく越智さんの手で和訳されているので、読んでみようと思います。

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 関連過去記事

  『絶望に囲まれた楽園にて「死の影の谷間/ロバート・C・オブライエン」/評論社/2010年/海外/小説/感想』

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