狂気が狂喜を産み、凶器を産み落とす「愛と悔恨のカーニバル」打海文三/徳間書店/2003年/小説/感想

 本書を読み終えて最初に思ったのは、これ以上の愛情表現は無いだろうということ。様々な愛の形をハードボイルドと言うオブラートに包み、僕らに届けてくれた打海文三さんだが、彼自身はどんな愛を渇望していたのだろうか?.....



 インモラルで片付けて良い気がしないほど、こんな救いようの無い愛も世の中にはあるなと打海作品を読んでいて思うわけですが、今回のアーバンリサーチシリーズ最後を飾る「愛と悔恨のカーニバル」は、それに相応しい究極の愛でありました。

 「されど修羅ゆく君は」で大人の女性達を相手に色男を取り合っていた当時13歳の”戸川姫子”が19歳になり、偶然子供の頃の親友に街で出会い自然と男女として付き合うようになるのですが、どうやら彼には秘密があるようで、知り合いの探偵から彼が以前付き合っていた女性が行方不明になっている事を知らされます。

 それと時を同じくして、彼は駅のホームでうずくまる見知らぬ女性を自宅に保護していたところを襲撃されることになります。なんとか撃退したものの、彼はそこから一気に暴風域の中心となって次々と殺人を犯してゆくことに....



 彼が殺人を繰り返す理由。これは理解出来ない人もいるかもしれない。でも、ここまでアーバンリサーチシリーズ、もしくは打海文三作品に触れて好きになった事がある人ならば、彼が殺人を繰り返す理由に「あぁ」と、どこか納得してしまうことだろう。

 ネタバレかもしれないが、あえて書かせてもらうと、これは「食べちゃいたい」くらいに相手を愛してしまった人と、その人を愛さずに居られない人間の哀れな刷り込み具合の物語であります。

 「自分が人間でなくなる感覚」を期待したと語る殺人鬼の男。「人間でいるのが辛いから」と続けます。それはその身に凄まじい愛を感じた者の苦悩だったに違い無い。姫子と生きたいけど生きられない。妄執に囚われ捻れてしまった愛の行く末は、決まって死しか無いと言うのに渇望し続ける彼の姿は本当に痛々しかった....愛であり哀である"性"を持て余し、自分を抑制したり解放したりを繰り返す人間の根本が彼の中にはありましたね。

 そんな彼を愛してしまった姫子の想いも彼には届かなかった。それが本当に苦しくて切ない。ただ、打海ヒロインらしい、たくましさで終わることは救いでした。いつか姫子はウネ子さんのような素敵な女性になることでしょう。



こんな痛々しい愛ばかりを書いて来た打海さん。男を値踏みする女性の辛辣さ、甘さを上手く書いているが、こんな抜き身な書き方をしていたら自分の首を自分で締めるようなもの。ドが付くほどマゾだったのだろうか?...まあそんな打海さんを敬愛しているのだから、僕もマゾということになってしまいますがw

 救いようの無い愛に塗れた打海ワールド。しかしそこには純粋に命掛けで人を愛して生きたいと渇望する魂があるから、不器用な彼等への愛おしさで心がいっぱいになるのでした....


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