「僕が気になるのは、死が生の一部だという事です」 byマーチン『Knockin' on heaven's door(ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア)』トーマス・ヤーン(監督)/ティル・シュヴァイガー(主演)/1997年/ドイツ/映画/感想

 もしも自分が余命幾許も無い身だと告げられたら、あなたは最後に何をしたいだろう?

 
 好きな人へ告白?

 銀行を襲ってお金をゲット?

 誰彼構わず道連れに殺す?

 それとも?...

 
 死ぬ気になれば、どんなことでも恐れず行動出来そうな気がするけれど、僕が死の宣告を受けたら、何をしたいだろうかと考えても、エッチな妄想くらいしか浮かばなくて駄目駄目でした(白眼)

 時折自分が考えるような、ぼんやりした願いは、明確な生理的欲求にくらべて咄嗟に思いつかないものですね。実際にそんなショックな真実を医者から聞かされたら、身体が萎えて来るまでピンと来ないのだろうなとも思います。


 そんな、安易に想像もつかない死の宣告を実際に受けてしまった2人が、燃え尽きるように輝いた映画が『Knockin' on heaven's door(ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア)』だった。




 同じ病院で、それぞれもう長く無いと言われた2人の男。

 同じ病室に押し込められた2人は性格も正反対。

 同じく死が近いと知った2人は、死ぬ前に天国で話題沸騰の海を観ておこうと、車を盗んで病院から抜け出すのだった。



 境遇は共感を呼び、共犯は度胸に変わる。独りでは出来ないことを2人は死を前にしてやり始めます。海を目指す道すがら、車を盗み。強盗を働き。盗んだ車にあったギャングの銃と金で次々と馬鹿をする。

 結果警察やギャングに追われることになるのだけど、どちらも2人以上の馬鹿ばかりだから非情に笑えます。まるで余命幾許無い2人のどちらかが死ぬ前に観た夢なんじゃないかと思えるほど、彼等が出会う人々それぞれに不思議と愛嬌があるのです。

 そんな愉快な連中との馬鹿騒ぎで死の足音を忘れそうになるたび、”ティル・シュヴァイガー”が演じる頭に大きな腫瘍が出来ている男が倒れ、必死にもがく姿が彼等と僕らを一気に現実へと引き戻します。もがく演技もさることながら、ティルの表情は深みと愛らしさがあって、なんとも言えず魅力的。落ち着きの無いもう1人の男と、本当に良いコンビでした。


 彼等がお互いに絶対叶えたい願いを一つ達成し、母なる海へと辿り着いて、一体どんな想いで打ち寄せる波と潮の香りを嗅いでいたのか。

 そう考えると、とめども無く泣けて来るラストシーンも素晴らしいの一言。

 こんな最高で最低な死に際ならば、どんなに幸せだろうか。

 こんな馬鹿騒ぎじゃなくても良いから、死に方くらい自分で選びたいなと、しみじみ思う作品でしたね。



 あぁ、それにしてもKnockin' on Heaven's Doorって本当に良い曲だなぁ......

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