ドM映画監督の肖像「CUT」/アミール・ナデリ(監督)/西島秀俊(主演)/2011年/国内/映画/感想

 この映画の監督”アミール・ナデリ”と言う人は、イランで産まれ自由に映画を撮れるアメリカへ亡命し、日本で日本の映画を撮りたいと考えるほど映画が大好き。ちなみにイランはイスラム教の影響が強いので規制はかなり厳しいらしいです。

 自由に憧れ、映画を愛し、自分を知って欲しいと強く想っているアミールさんなので、映画も非常にアミールさん自身が感じて来た事が反映されていて共感し難かったです。




 マイナーな映画監督である主人公は、思うような映画を作らせて貰えない鬱憤を路上で拡声器を使い映画業界を扱き下ろす叫びで晴らそうとするほど小物。彼が叫べば叫ぶほど白けた気分に序盤はなります。

 そんなしょうもない彼の兄が死んでしまう。

 自分の映画作りの為に借金を肩代わりしてくれていたヤクザの兄が亡くなり、その借金を払わなければならなくなった彼は、何を思ったのか兄が死んだトイレの中で”殴られ屋”を始め出します。この時点で阿呆かこいつはって気分でいっぱいになりましたねw

 兄が自分の為にしてくれていた事の大事さを痛感し、自責の念からそんな事を始めたのでしょうけど、所詮自分の気持ちを満足させる為の自己陶酔でしかなく、主人公に振り回される周りの迷惑も顧みない独りよがりが気持ち悪かった...


しかもこの男、殴られ屋をやって家に帰ると「361万9の為なんかに死ねない!」とか鏡に向って言うんですよ。そう思うならまず殴られるの止めればいいじゃないですか.....

 まるでストーカーや猟奇的殺人犯のように部屋中切り抜き(映画の)を貼付け、古き名作映画を投影している床で寝たりするのも非常に怖い。

 少し前にドキュメンタリー風の映画を観たキム・ギドク監督もそうだったけど、映画を愛し過ぎた人は理想の映画を追い求めるあまりに、映画と現実を混同して現実に理想を求め過ぎてしまうところがあると思います。この映画の主人公ほどでは無いにせよ、映画監督と言うのは総じて自虐的でオナニー野郎だなって改めて思いました。
 


 物語終盤、100人に殴られ続ける事にチャレンジする主人公。

 それをやりきった男のボロボロの顔がドヤ顔に見えた僕は、なんとも言えない憔悴に包まれたとさ....



 
  (= ワ =*).。oOだいたい兄貴と関係無い阿呆共に殴られてるだけで贖罪になるわけ無いじゃん...




 公式HP http://bitters.co.jp/cut/
 アミール監督へのインタビュー記事 http://eiga.com/movie/55718/interview/

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