”風雲児” こんな呼び名がしっくり来る世間から浮いた漢が”飯野賢治”

 先週”飯野賢治”氏が亡くなった。まだ42歳と言う若さだった事に驚きました。

 『Dの食卓』が発売された頃まだ20代だったんですね、飯野さん.....



 新時代の到来を感じさせる3Dポリゴンをふんだんに使ったゲームを楽しめる夢のマシン(になるはずだった)3DOの知名度を一気に押し上げたアドベンチャーゲームで、それまでのテキストアドベンチャーには無い映画的表現でドキドキを体験させてくれました。

 しかし、セガから出ていた同種の『夢見館の物語』等に比べるとMAP移動の自由度は低く、制限された空間を視点移動で調べる操作性はまったりしていて、今遊ぶとストレスを感じる場面が非常に多い。あくまでもインタラクティブムービーとして楽しむ事をメインに考えられた作品でしたね。

 Dの食卓が発売された当時、まだ学生だった僕にはインタラクティブの意味もあやふやなのに美麗なCGを多用したゲームが遊べる3DOに単純にすげぇー!と興奮していたわけですが、その驚きと興奮をくれたワープの代表”飯野賢治”の風貌や発言の過激さにはもっと驚かされました。


 良いものは良い。

 悪いものは悪い。


 そんなハッキリした思考の展開も非常に魅力的で、その後発売されたまったく目に見えない敵を音を頼りに倒さねばならないSFパニック物の「エネミーゼロ」や、まったく画像の無い音声オンリーのアドベンチャーゲーム「風のリグレット」のような奇抜な作品も、ゲーム界の常識にとらわれない発想の持ち主である事の証しでした。

 ただ、エネミーゼロは現代の親切設計なゲームに比べるとゲームバランスは破綻していたし、風のリグレットもゲームと言う枠に収めるには革新過ぎて当時の評価は荒れていましたね。でも、そんなお客に厳しい無骨なラーメン屋の親父気取りな飯野氏が何故か憎めなかった。一癖も二癖もあるのにしっかり心に残る物を作る為、誰もやらない事を彼ならばやってくれるかもと、思わず期待せずにいられない非凡な才能に溢れた方だったなぁ....




 そんな飯野賢治氏が、もっとも拘っていた”音”


※OPの静かな曲がめっちゃ好きです♪


 五感に働き掛けて想像力を刺激する音作りをしているので、ゲームの世界観に没入させてくれる事は勿論、攻略にも重要な役割を果たす音のポジショニングが素晴らしい。

 今のように電子機器の性能が増した今こそ、音の変化を豊かに表現できるはずですし、ゲームの進行に音を重視したコンセプトを導入するのも良いかもしれない。



 日本ではソーシャルゲームが謳歌し、海外ではFPSばかりの似たようなゲームが大量生産される現代で、飯野賢治のようなタブーをタブーと思わない才能こそ、今必要とされる人材なのかもしれませんね....



 ご冥福をお祈りします...(-人-)合掌




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