この季節に想う事。

 お盆も終わり、既に日常生活に戻った人も多い事でしょう。僕も今日が終れば忙しい毎日に逆戻りです。

 前にも書きましたが、僕はお墓参りには行きません。どうしてもあの馬鹿でかく高いだけの石の中に魂があるように思えないからです。あそこにあるのは生者のエゴだけ、死への恐怖を受け入れるために、死んだ者にまですがる、まだ生きている者達の弱さの象徴が墓所ではないでしょうか。

 誰でも、死んだあとの事を考えると、誰かに覚えていて欲しい考えてしまう事でしょう。そのために高価な墓石を買い、自分の足跡を形にしておこうとする。しかし、その墓石だっていつか朽ちる。その墓石に眠る人を知っていた者が死んでしまえば、完全に忘れ去られてしいます...

 最後まで大事な物は心の中に存在しています。ただそれを引き出すきっかけが人には必要なので、それはお墓であり、形見であり、その人と過ごした場所であり、様々です。僕にとっては、この季節自体が故人を想うきっかけになっています。


 人生30年以上も生きてくれば、沢山の人の生き死にを見聞きします。元気いっぱいだった愛犬の死。小学生の時よく遊んでいた団地の子供が白血病亡くなった事。初めて有名人の死に涙したアイルトン・セナ。元同僚の車による死亡事故。そして、真っ先に浮かぶ祖母の死.....


 ウチは三人姉弟のため、両親は共働きでした。僕らは学校が終ると、自宅の直ぐ近くにある祖母の家に帰る。母が仕事を終えるのが5時前後のため、それまでは祖母と毎日過ごすのです。

 当時祖母は70歳を軽く越えていました。それでも毎日畑仕事をこなし、食事もほぼ全部自分で作っての一人暮らし。そんな生活に僕らの存在は幾らか張り合いをもたらしていたのかもしれません。一緒に畑仕事をしたり、テレビで時代劇やプロレスを観たり、キッチンに水を溜めて遊ばせてくれたりもしました。子供の時分は、祖母との想い出の方が良く思い出されます....祖母の作ったおはぎ、美味しかったな.....

 
 そんな祖母が、高校の時死んだ。二度目の入院から戻る事なく亡くなった....

 亡くなる寸前には、僕を叔父さんと見間違えるほどで、その事実は酷く僕を動揺させました。祖母にかける言葉もなく僕は病院から逃げ帰った。

 それから幾日か過ぎたある日。いつもと違う夢を見たその日の朝、病院にいた母から連絡がありました、祖母が死んだと....

 あの日見た夢の内容はもう想い出せない。ただ漠然と祖母が消えてゆくような感覚を感じた事だけは覚えています。本当に大事な人だった....


 それから行われたお通夜や葬儀の間、僕はずっと泣かないでおこうと誓っていた。周りのにこやかな笑顔にイラつきながら。まだ若かった僕には、人の死を笑って送り出す大人達が理解出来なかった。


 何故もっと哀しそうな顔をしない!何故もっと死者を惜しまないんだ!

 
 そんな憤りが渦巻いていた。でも、今ならそんな見送り方もあると思えます。楽しい想い出は沢山あるのだから。哀しい時こそ楽しく過ごした日々を思い返し、笑顔で故人を偲ぶ方がよほど死者の為になるやもしれません。

 それが分らなかった僕は、張りつめた感情をずっと殺し続けていた。でもとうとう火葬場から出発するバスの中で、灰になった祖母が詰まった箱を見ているうちに、涙が溢れてしまった。


 ほんの少し前までいた人がもういない。その事実がこれほど重い物だと知った瞬間だった。愛犬が死んだ時も哀しかった。でも人が死ぬのはもっと哀しかった....人にとって人の死は、やはり特別なのでしょう。両親が死んだら、僕は同じように泣くのだろうか....



 僕も弱い人間の1人です。僕が死んだ時、同じように涙を流す人が、一人でもいて欲しいと願わずにいられない......

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