彼は何を作ったのか?「ゲド戦記/スタジオジブリ/2006年/アニメ/感想」

今までずっと避けて来た、「ゲド戦記」を金曜ロードショーで観てしまった....


 これまでほとんどのジブリアニメを手掛け、ジブリの代名詞とも言える男「宮崎駿」 

 彼の作るアニメは、もう30年以上子供達の心を掴んで離さない。しかもそれはなおも進行中w 何故にそこまで彼の作品が心に残るのか?それは彼自身が人生を賭けて、培って来た総合演出の賜物だろう。”画”も描ける。”お話”も描ける。アニメに関する事なら彼はなんでも出来る。そのバイタリティを周りに振り蒔き、全てを自分色に染めあげ妥協を許さない態度で作品作りをして来たからでしょう。

 しかし、気づけば彼は孤独な王様になっていた....


 「宮崎が作れば売れる。」それが当たり前に今ではなった。しかし、宮崎監督が引退した後は?いったい誰が監督としてゆくの??それまで交互に監督と努めていた”高畑勲”さんが前線に出て来なくなって以来、若手監督を求めるジブリの流れは加速した。しかし、いつまで経っても若手が育って来ない。それはひとえに宮崎駿さんの大きさ故だろう。アニメ作品はなにぶん物量(人手)が必要だ。いくら国内有数のアニメ制作会社とはいえ、そう何本も抱えてアニメを作るチカラは無い。スタジオのお金が減ればまた宮崎さんの作らせようになってしまう。まあ監督はかなり時間と予算を喰う人だろうし、尚更若手に監督をさせる余裕は無かったんじゃないかなw


 しかも周りで宮崎さんの仕事を観ているスタッフ達も、指示される事に慣れていたんじゃないかな....特に今の若い世代は、命令される事に慣れている。なので自らの責任で思考し行動する事に欠けているように見えます。

 決断するという事の本質を知る事、これが自分で何かを作ると言う事。リスクを負わずに全てが上手くゆく方法ばかり夢想した所で、何も産み出さないのです。ただ、これは今までの世代が作り上げた社会体質の問題が大きいので、若者達が一方的に悪いとは思えません....


 そんな成長不十分な世代が監督したジブリの作品は一応に何かが足りない...このゲド戦記にしても、たいした経験も無い”宮崎吾朗”氏が作ったわけで、やはりその中身は語るのもどうかと思えるところが多い...

 それは父親への微妙な反抗心の現れのようであったり、自らの不徳を責任転嫁しているようでもあり、最後には母親に甘える子供のようでもあった....


 結局宮崎駿氏のコンプレックスを模して、さらに自分の甘さを思う存分投入したなんとも要領の得ないヒステリックな作品だったのではないだろうか?陰鬱な展開が続くなか、単発での綺麗なシーンはあるものの、そのシーンの繋がり、整合性がまったく取れていない。結果キャラは死に、ストーリーは破綻。エンドロール後記憶に残ったのは”手嶌葵”の名前だけ....



 この原作が名作でなければ....これがジブリでなければ....彼が宮崎駿の息子じゃなければ......と言っても詮無い事。今日から公開の宮崎吾朗監督2作目「コクリコ坂から」で、どれだけ成長した姿を見せられるか、ジブリの将来はそこに掛かっているかもしれない...



 今はとにかく、ゲド戦記の原作を読んでみたくて仕方無い....

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