何故神は彼を愛したのか...「アイルトン・セナ〜音速の彼方へ」

 1994年、イモラサーキットで散ったF1史上最速の男...”アイルトン・セナ” 誰もが彼の速さ認め、彼の人となりを愛した....そう、神にさえも愛される存在だったのです。

 彼は危険なほどに最速を求めサーキットを駆け抜けた。誰もが尻込みするようなスピードを保ち、ブレーキングを遅らせ、コーナーで暴れるマシンを見事に押さえ込んだ。今のようにマシンの性能がものを言うF1ではなく、純粋にドライバーのテクニックがものを言う時代の中で、まざまざと自らの速さを見せつけた。故に当時からのF1ファンは口を揃えて最速の名を彼に捧げたのだ。

 セナの話をする時、間違いなく語られる名前が”アラン・プロスト”正確なレース運びで、4度のワールドチャンピオンに輝いている名ドライバー。彼はセナとは違い、F1の世界での渡り方を熟知していた。当時まだ若かく、純粋にレースで勝ちたいセナにとって、プロストは大きな壁だった。
 
 仕事として名声を得たいプロスト。ただ誰よりも速くチェッカーを受けたいセナ。この二人はサーキットの内外で何度となく競り合い、周りは彼等を煽り続けた。けれど、後になって気づけば、プロストほどセナの実力を認めていたドライバーは居なかっただろうし、セナもまた、プロストの実力を認めていた事でしょう....

 この映画には無いシーンですが、当時放送したセナの追悼番組内で、イモラサーキットの特徴をセナが実際にドライビングしながら無線を使い説明するシーンがあり、その無線の先にいるプロストにこう声をかけていました「親愛なる友人アラン、元気かい?君が居なくなってさびしいよ。」ローランド・ラッツェンバーガーの死亡事故を目の当たりにして弱気な自分をコントロール出来ないセナの正直な気持ちでした。この言葉から、二人の特別な信頼関係が見て取れると思います。命をかけた戦いを繰り返した二人だから分り合える事もきっとあったに違いありません....


 今回観た映画の内容は、セナが死んだ当時に編集され放送された追悼番組で観たものが多く、初見の映像はあまりありませんでした。しかし、重要な場面がふんだんに使われており、当時の追悼番組より尺が長いシーンもあって、セナの心理状態がとても伝わってくる編集だったと思います。セナファンならば必見ですよ♪

 セナについて語りたい事は他にもありますが、まとめるチカラが無いので止めておきます。とにかく彼は僕にF1の楽しさを教えてくれた、だから彼の死後、しばらくF1は見る気にならなかった。彼は僕にとって、”F1”よりも大きな存在だった事はまちがいありません.......



 追伸、ボクハ ナキマシタ....


 「アイルトン・セナ〜音速の彼方へ」公式HP http://senna-movie.jp/

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