博士へのススメ「喜嶋先生の静かな世界/森博嗣」

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 主人公が過去を振り返り語るテイストのこの本、読み始めて直ぐ、これは森先生ご自身の事では無いのかと、思ってしまいました。森先生にとっての喜嶋先生が居て、それによって影響を多く受け助教授にまでなったのでは無いかと....
 
 それほど、いつもの森作品以上に森先生が持つ大学のイメージがとても良く伝わって来る内容で、大学と言う場所の良い所、悪い所、実にわかり易く描かれています。これから大学に進み、誰も見た事の無い世界を発見する喜び、悲しみを知りたい方は是非読むと良いのではないでしょうか?

 日本の社会問題として、学校や家庭での教育のあり方が今は問われていると思いますが、森先生としての答えもこの本にはあるように思いました。自ら知りたい事を見つけ行動し、”知る”の先を目指すと言う事の大切さ。人から与えられた課題をこなすだけの学問で終わる日本の教育の問題点を突いてらっしゃいます。


 僕は昔から夢なんて無い。野球選手になりたいとか、大工さんになりたいとか、お医者さんになりたいとか、いっさい望んだ事が無い。

 小学校を卒業する際に書いた将来の夢の欄には、”サラリーマン”と書いた。決して本心からなりたいわけではないが、なりたいものが浮かばずふざけて書いた。あの頃から先が見える渇いた人間だった。だから努力をするにもベクトルの向け方が分らなかった。

 学校での勉強は、初めは問題を解く楽しみを感じるのだが、直ぐ飽きてしまう。とにかく反復の繰り返しで、自分が分っている問題を何度もやらされるのがとにかく嫌だった。そして僕は毎日渡される数学のプリントを鞄に押し込んだまま僕はやるのを止めた。
 
 思えばあの瞬間が、学校で学ぶ事の楽しさを失った時なのかもしれない。無駄な競争心で記憶力を競う馬鹿馬鹿しい社会の縮図があそこにはあった。もしも、生徒それぞれのペースにあった授業を提供出来るシステムが日本にあったなら、もっと学問に、そして知るの先への興味も持てたかもしれません。
 そういった経験をしてきた僕らで、この構造を変えて行かなければ、これから先を生きる子供達までも、意味を見出せない空っぽの知識を詰め込み続ける事になってしまうでしょうね...


 大学と言う失望と希望に溢れた場所には、少なくとも”知る”の先へ行く為のチャンスがある事に間違いは無い。もしも目指すべきモノがあるのならば、嫌な詰め込みに堪え大学まで行って欲しいですね。そして知るの先へ、全ては僕らの中に眠っているはずです....